②目撃。
「何か動いた……か?」
路地に囲まれた広場。その中央に位置する噴水に、人の顔を見た気がした。それもまたたきを繰り返す度に、その数を増やしていくようにも思える。ちろちろと目を滑らせてから、レオは数えるのをやめた。とてもではないが、追いきれない。
月のささやきかと思しき波紋は、ゆるゆると広がり人の顔をかたどっていく。顔だ、とレオが認識するのと同じくして、その鼻先に波紋が広がる。
「人間の顔なのか? それも……」
怒りや喜び、哀れみなどの感情というものが、波紋の顔には見受けられない。
子供の書き散らす、いたずらのような出来合いだ。目の位置にふたつ、その下にひとつ、ぽかりとくりぬかれた穴。まるで吸い付けられたように、そのどれもが月を見上げている。
レオは膝を折って座り直すと、窓枠の鉄サビにほおを押し付けた。
「何を見ているんだ、あいつら」
――ただの月であるわけがない。あの雲が行き過ぎれば、そこに何かがいる。……だれかがいる。
ひゅるうり、と北風が吹きすさんだ。
水盤の波紋が揺れる。
待ち望んだ風は月の覆いを押しのけ、レオの焦がれる光景を垣間見せた。
「来た!」
男がいる。長い外套をたなびかせた男が、レンガ屋根をひと蹴りして躍り上がった。すらりとした四肢を伸ばし、器用にも次の煙突に舞い降りる。白磁のようなほおに澄んだ夜気を受け、銀にきらめく髪を無造作にたなびかせていく。
「……行ってしまう」
レオが落胆するのと同時に、泉から波紋の顔が幾重にも浮かび上がった。重力を感じさせない動きで宙を舞い、ぬるりとした身体をさらす。男を捕らえようとでもいうのか、長すぎる腕をぐにゅりぐにゅりと突き伸ばしていく。
「顔」のひとつがレオのいる窓辺を過ぎた。半透明の指先が腕をなで、そのあまりにひやりとした感触に、レオは声を上げる。すぐに口元を覆ったが、のみ込んだはずの悲鳴のひとつが暗闇に漏れ出してしまった。
銀髪の男の足が止まる。跳ぶのをやめ、こちらを向いた。
口元を覆ったまま、レオは男と対峙する。
――知ってる。
煙突の先端に腕を絡め、悠々と空を仰ぐこの男のことを、レオは「知って」いた。
「赤目」
国じゅうすべてを縄張りとし、裕福な商家をねらうのだという盗賊の名だ。だれにも素性を知られずに暴れまわるこの男の話を、初めて聞いたのが一年前。容姿を知っているわけでもないというのに、彼こそ渦中の人物だとレオは確信していた。
腰に帯びた長剣を、男はぬらりと引き抜いていく。射すくめられたかのようにして、レオは窓辺にはり付いて見守った。