⑲仲間。
少年の口は堅く閉ざされたままだ。
「おい、なんとか言え!」
愚かしいとばかりに、かぶりを振った少年は、血色の悪そうな白いほおをゆがませた。一端だけを奇妙につり上げた唇で、小さく息をもらしてきびすを返す。
「待てよ」レオは追いすがった。
「おい、おまえ!」
気がつくと、居酒屋側の入り口には黒服の男が控えていた。店の中をまっすぐ突っ切った少年は男に扉を開けさせ、大通りに抜けていく。
レオは、少年が憮然とした表情で石畳の上を行き、水盤に横付けされた馬車に乗り込むのをぼう然と見つめていた。
細い路地には似つかわしくない、銀色の豪奢な馬車だった。小窓には同じく銀の覆いが掛けられていて、中をうかがうことはできない。
「……変なやつ」
少年を乗せた馬車が走り去ると、レオはぽつりとつぶやいた。
「それにすごく失礼な態度だった」
寄り添うように表に出てきた旅人も、畳みかける。
「ところで、その冊子。なかなか良いものだなあ。どこで買ったの」
唐突に褒められて、レオは破願した。用意していたことばの数々も、飲み込んでしまう。
「……ふふ。それとも、だれかの贈り物なのかな」
レオはひとみを輝かせた。自分の中にある思いをうまくことばに表せないレオにとって、それを汲み取ってくれる存在は貴重だった。夢中でジャスパーの話をする。
自分では明かさないが、ジャスパーはきっとどこぞの名のある人に違いない。いつでも家にいて、働きに出たことなど一切ないにもかかわらず、金策に走る姿を見たこともない。
レオのことばに、旅人はひとつひとつ、そうだねぇと気さくに返事をする。
ふいに、自分の上に大きな影がかぶさっていることに、レオは気づいた。顔を上げると、旅人の視線もまた、ゆったりと動く。
「遅かったじゃないか」
レオの気づかぬうちに、旅人の仲間たちが路地裏の広場に入り込んできていた。
「ちょいと、いろいろあってね」
仲間たちは、レオには分からないことばをいくつか並べ立てた。
「そろそろ行くよ」
旅人は仲間と向き合ったまま、レオに手を振った。
「えっ? ……あの、荷物は置いていっても構いませんよ」
旅人の手には、来たときと同じ大きな荷物が抱えられている。
「いや、荷物をすべて持ち歩かないと落ち着かない性分でね」
彼だけではない。その仲間たちもまた、めいめい大きな包みを抱えている。中には、両の手では足りずに背負っている者さえいた。ぼう然と見送るレオに、旅人は笑みを浮かべて振り返る。