⑰独りきりの店番。
「そのとおり。これがないと、おれたち一家は冬を越せない」
レオは細めたひとみで、養父を見上げた。
「……だったら、お義父さんが持って出かけたほうが安全じゃないの」
「おいおい、おれはこれから首都に行くんだぞ」
養父は鼻先でレオのことばをあしらう。
「ねえ、どうしても今日じゃなきゃだめなの?」
もちろん、と養父は太い首を縦に振った。
「ずいぶん前から言ってあっただろうが」
「でも……」
「行ってくる」
乗り合い馬車に勢い込んで飛び乗ると、「大切なのは真剣になることだ」と養父は繰り返した。あまりに大きな声を出すものだから、周囲に迷惑そうな顔を向けられている。それでも構わず養父は何度もそれを繰り返し、他の客らはあきれた様子でレオを見やった。
その声が遠ざかる前に、レオは店の中に引き込んだ。気恥ずかしさから、最後まで見送ることなどできなかった。帰ったら、養父は必ず文句を言ってくるだろうが、それこそレオは構わない、と思っていた。
そこに、機嫌よさそうな妹が姿を見せる。父母がいなくても、しっかり者のマリョーシュカがいればなんとか切り抜けられる、とレオは顔をほころばせた。
「お兄ちゃん、覚えてる? ……約束」
すぐに思い当たる記憶があった。目をしばたたせる。だめだ、レオが首を振っても妹は譲らない。
「お願い、お願い、お願い」
妹の手には、早起きして作ったのだろう弁当の包みがふたつのせられていた。お気に入りの小花模様の布で丁寧に包まれている。鍛冶屋の息子ジャックの声が外から聞こえてくると、急に落ち着かない様子でもう一度、両手を合わせた。
「仕方ないな、行ってこいよ」
小うるさいガス・ダイ・レンジは、まだ来ていない。他の常連客らの姿もない。泊まりの客は、レオの連れてきた旅人だけだ。なんとかなるかも知れない。レオは硬貨の詰まった重たい大袋を木机の下に運ぶと、足の間に挟み込んだ。
「ここならいつでも見ていられる」
建物の中央には四角く区切られた木机が取り付けられていて、どちらの店もひとりの人間で切り盛りできるようにと造られている。ちょっとした水場のわきには傾斜のきつい階段があって、家族の住む二階へと続いていた。
レオは、空色の覆いの本を開いた。ジャスパーから借りたばかりの新作だ。程なくして、レオは遠い異国の世界に浸る。
「勉強かい。熱心だね」
突然、降って沸いた声にレオは飛び上がった。見ると、夕べの旅人がにこやかにレオを見下ろしている。今日は、すっきりとした細身の黒い上着を羽織っていた。