⑭子供の英雄。
「どうです、快適な旅でしたか」
ガスは、構わず席に割り込んだ。親しげに旅人の肩に手を置いて、ほほ笑みかける。
「ここらの街道もずいぶん前に補修が終わってね、そりゃあ立派になったもんさ。ところが、便利になると増えるのは旅人だけじゃねぇ。よだれを垂らした強欲な盗賊が、あちこちで評判になってる始末でさぁ」
杯を飲み干し、満足そうに目を落としていた旅人は、口元に小さな笑みを浮かべた。
「そうですか、盗賊。ですが、心配には及びません。私は小うるさい子供たちに……懐かれた程度で済みましたから。……ね?」
旅人の視線が、レオの上で止まる。
「そうかい。そいつぁ、いい」
ここでガスが高笑いを見せたのは、旅人の無事に安堵したからではない。気を利かせた旅人が、養父に合図して彼に高級酒を勧めたのだ。
「おお。こいつぁ、ありがたい。……おとととと、ああ充分だとも」
ここ一番の笑みを浮かべると、ガスは満足そうに座り直す。ああ、長くなるぞ、とレオは階段の一番下で空色の本を広げたまま、ため息を吐き出した。
「ところで教えて欲しいのですが、その盗賊というのは……どういった連中なのですか」
旅人は、街道に面した入り口にわずかに視線を投げた。
「くだらない連中さ」養父が、大皿に煮魚を盛り付けながら言い放つ。
「だんなぁ。くだらなくなんか、ありませんぜ? あいつは……あいつだけは、ほかの連中と少しは様子が違うんじゃないですかい」
ガスの酒気を含んだことばを、旅人は不思議そうに聞いていた。
「あいつとは、だれのことです」
「赤目、のことですよぅ。旅人さんも、名前くらい聞いたことあるでしょう」
ガスの答えに反応して、離れた席に陣取っていたひげ面の男が顔を上げた。
「なんだって、赤目? 今、赤目の話をしたか?」
ひげ面の男が、もっともらしく声をひそめる。
「なんでも、温泉の村に出たらしいぞ?」
「すぐ近くじゃないですかぃ。それじゃあ、この辺りを通ったんですかねぇ、赤目は」
ガスは、わざとらしく身をかき抱いた。
――赤目。
深夜の騒動は、どこからが夢で、どこからが現実なのか。
どきりとしたレオは、持っていた空色の本をがさがさと取り落としてしまった。慌てて階段から腰を浮かせたレオは、養父とまともに目が合ってしまう。
「ちょうどいい、レオ。おまえ、旅人さんに赤目について話してやんな」
レオは、まゆ根を寄せて幾ばくかの抗議を示す。
「赤目は英雄だよ。子供たちのね」
早口に言い終えると、本を拾った。すぐさま開こうとするが、うまく頁がめくれない。動揺を見せるのがひどくかっこうの悪いことのように思えて、レオはほおを赤らめた。