⑬藍色の旅人。
「ああもう、うるさいな!」
旅人に払いのけられた灰色の少年が、大きな音と共にレオのすぐわきに転がってくる。その眼前に銅貨が一枚、投げつけられた。ちゃりり、と大きな音をたてたそれを、彼の仲間が奪い合うようにして拾った。
少年の灰色のひとみが、ちろりとレオを一瞥する。なんだ要らないのか、と不思議そうに首をかしげている仲間に声をかけられて、初めて彼は銅貨に目を落とした。
「あぁ……いや」
我に返ったように銅貨をつかみ取り、灰色の少年はすれ違いざまレオの肩先に猛烈な体当たりをして駆けていく。
「たったこれだけかよ!」
最後まで、旅人に悪態をつくのを忘れることもない。
「なんてやつらだ」
レオはとっさに大切な紅色の表紙を抱き締めたが、空色の本は取り落としてしまった。旅人がすぐに手を伸ばしてそれを拾い、レオの手の中に戻してくれる。
「大丈夫かい? 申し訳なかったね。やつらは勝手に首都から付いてきたんだ。まったく、こっちはとんだ災難だよ」
にこりとほほ笑むと、藍色の外套を着込んだ旅人は小さくなっていく少年らの影に目を向けた。
「ありがとうございます」
礼を述べて顔を上げると、レオはその胸元で光る留め具に心を奪われてしまう。見たこともない獣の姿に、飾り文字で紋章が彫り込んであった。
「……君、ここらで手ごろな宿屋はないかな。そろそろ日も暮れることだし、ずいぶん疲れていてね。ゆっくりと休みたいんだ」
「それなら、ぼくの家にどうぞ! 宿屋なんです。このすぐ近くですから」
● ● ●
その看板は、よくよく目を凝らさなければ分からないよう、ひっそりと掛けてある。
街一番の大通りから北路地に入り込んだ先にある、大衆向けの居酒屋だ。そのウナギのように細くて長い建物の中をまっすぐ突っ切った先には、もうひとつの扉があって、レンガ造りの暖炉と清潔な寝台が売りの宿屋の入り口になっていた。
そちら側は首都へと続く街道に面していて、疲れきった旅人が、すぐに今夜の寝床を見つけることができるようにと、大きな看板がつるされている。
レオの連れた旅人が、勧められるまま最も上等な部屋を選ぶと、養父は満足そうにレオを見やった。リュウゼツランの茎をつぶした高級酒を恭しく取り出すと、レオに目配せしながら、惜しげもなく旅人の杯に注いだ。
ガス・ダイ・レンジが、からっぽの杯を引っさげてのこのこ現れると、養父は急いでかめに左手を乗せて警戒する。