⑪空と紅。
「なんです?」
レオの声には、にわかに警戒の色が混じる。ジャスパーは時おり、レオには必要ないたぐいの本を、面白がって与えることがあるのだ。昨夜の冊子もそうだ。どの頁を開いても、ほとんど文字らしきものはなく、ごてごてと飾り立てた若者ばかりが、まるで生きているかのように写し取られていた。
「珍しい本だったろ?」
「妙な服を着ていました。絵の具だって、まるで本物をそのまま写したみたいにつるりとしているし……何なんですか、あれ」
「特別なもの」
レオに見せたかったんだ、とジャスパーは笑った。まるで、いたずらを見つかった子供のように、ひとみをキラキラさせている。
「まぁ、それよりも。こっちを見てくれ」
うながされて目を落とすと、ジャスパーは紅色の表紙をめくり、中の紙をつるつると指でなぞった。
「これは本じゃない。絵を描くのにちょうどいい紙だよ。この間、おれの似顔絵を描いてくれただろ。そのお礼さ。……ほら、触ってごらん」
レオはその初めての感触に驚いた。表紙は深い紅の色合い。ひっくり返してみれば、金糸の縫い取りで、L・Pのイニシャルまで刻印されているではないか。
「こんな高価なもの、頂けません」
レオは慎重に後ずさった。
「子供が遠慮なんて、するなよ。これはお礼、ほんの気持ちなんだから。あの絵すごくうまく描けてたぞ。すごく気に入った。寝室に飾ってあるんだ」
レオは口元を奇妙にゆがませたまま、すばやく礼を述べた。どうしたらいいのか分からずジャスパーに目を移すと、彼は気負いのないほほ笑みを返してくる。レオもまた、ほっとして、くしゃくしゃに笑った。
「また来ます。あの、あの、ありがとうございました!」
高価な贈り物はもちろんだが、やはり何よりもうれしいのは彼に褒められたという、事実だ。ジャスパーは、決してお世辞を言うような人間ではない。それだけにその喜びもひとしおだ。
このすすけた西路地で気ままに暮らす男のことを悪意で捉えるヤカラも多いが、レオは密かに憧れの念を抱いていた。彼のように自由気ままに生きられたら、どんなにかいいだろう。
有頂天で大通りに戻ると、レオはたまらず駆け出した。抱えた書物の重みなど、ないに等しい。はしゃいだひとみで空を仰ぐと、頭上の一角に、雨雲が集まっているのが見えた。雨にやられでもしたら、せっかくの宝物が台無しになってしまう。
夢中になって走ったが、鍛冶屋の前を過ぎた辺りから人込みであふれ始め、自然と歩を緩めるほかなくなった。
息をつき、人波をかき分けながら進んでいくと、輪の中心に迷惑そうに立ち尽くしている長身の男がひとり、見えた。