⑩西路地の住民。
家々が囲む小さな広場にはそれぞれ水盤があり、住民たちの憩いの場となっている。そこから細い路地を抜けると、レンガの敷きつめられた大通りがあった。ここには、こういった路地がありの巣のように広がっているのだ。
「寄り道して行くぞ」
妹に構わず歩を進めながら、レオは当たり前のように宣言する。マリョーシュカは不満げに、つんとした唇をとがらせると、そのままレオの抱えた包みに視線を落とした。
「それ、本でしょ。だったら、あの人の所に行く気なんだ。嫌よぅ。お兄ちゃん、あそこに行ったら長いんだもん」
マリョーシュカは、考え込んだらしい様子を見せた。
「分かった。買い物はあたしがひとりで行く。お兄ちゃんは、どこにでも好きなところに行けば? その代わり次のお手伝いは、ひとりでやってよね。絶対に」
最後の部分だけやけに何度も念を押して、妹はレオに約束させた。
「それじゃあ、ごゆっくり」
レオがこっくりうなずくのを待って、マリョーシュカは軽い足取りですぐさま大通りを駆け抜けていった。羽でも生やしているのかと思えるほどの、素早さだった。
妹が曲がるべき通りに入っていくのを見届けてから、レオは狭い西路地へと入り込んだ。この界わいには空き家が多く、人影もまばらに静まり返っている。年頃の妹が近寄りたがらないのにも、うなずける気がした。
ひときわ薄暗い一角に向かうと、ひとつの扉の前にレオは立つ。
「ジャスパーさん、いますか? 起きてください、レオです」
素手でどんどん扉をたたいた。その古い扉は、ゆらゆらするたびに木くずの粉を辺りにまき散らしている。
ほどなくして、寝ぼけ眼のジャスパー・リンクが顔を出した。
三十ほどの齢を重ねた男で、無精ひげを生やし、レオと同じくぼさぼさの頭をしている。それでもひげをそり、きれいに髪をとかしつけさえすれば、なかなか立派に見えるのだということをレオはひそかに知っていた。
彼は時おり首都にまで出かけていって何日も滞在し、たくさんの珍しい品々を手に入れて帰ってくるのだ。
「新しいの、入りました?」
重たい包みを手渡しながら尋ねると、ジャスパーは、にこりと破願した。
「ちょうどよかった、いいのがあるんだ。……時間はある?」
「ええ、もちろん」
ジャスパーに続いて玄関口に入ると、彼は背丈ほどの書棚から空色の覆いを掛けたぶ厚い本を選び取り、レオの腕にいくつも重ねていく。真新しい墨のにおいが、鼻をついた。
「ありがとうございます。いつも、どれだけ助かるか……」
「いいってことさ。あっ、これも」
ジャスパーは空色の覆いの上に、紅色の表紙を載せた。普段、レオが好んで読む本よりもずいぶん薄く、重量もない。