第9話 「それでも、人は命令を下す」
都市は、まだ眠っていた。
だが戦場だけが、目を覚ましている。
瓦礫の上で向かい合う二体の人型機動兵器。
《リリウム・ノクス》と、名もなき敵機。
赤い光が、ゆっくりと脈打っていた。
『私は兵器ではない』
敵機の声は、不思議なほど穏やかだった。
『私は、残された意思だ』
ユウトは、呼吸を忘れていた。
戦闘中だというのに、時間が引き伸ばされたように感じる。
「……意思?」
『そうだ。
戦争で死んだ人間たちの“続き”』
敵機の装甲の隙間から、歪んだ人影のようなシルエットが覗く。
『恐怖。後悔。憎しみ。
それらを捨てきれなかった者たちが、ここにいる』
《リリウム・ノクス》の内部センサーが、異常な数値を弾き出す。
――感情パターン、複数検出。
――統合人格、未確認。
「……そんなの、存在しちゃいけない」
ユウトは絞り出すように言った。
「死んだ人間を、戦場に縛りつけるなんて」
敵機は、否定しなかった。
『それでも、人は命令を下した』
その言葉が、胸に刺さる。
『兵器を作れ。
敵を殲滅しろ。
犠牲はやむを得ない、と』
敵機が一歩、前に出る。
『私は、その命令の“成れの果て”だ』
突如、視界が歪んだ。
ユウトの脳内に、またしても流れ込む記憶。
瓦礫の下で泣く子ども。
崩れ落ちる建物。
そして、上空から降り注ぐ――リリウム・ノクスの砲撃。
「……っ!」
思わず叫び、操縦桿を離しかける。
『安心しろ』
敵機の声が、低く響く。
『これは責めているわけじゃない。
“共有”しているだけだ』
《リリウム・ノクス》が、強制的に姿勢を立て直す。
――操縦安定化。
――精神干渉を遮断。
だが、完全ではない。
『お前は、選んだはずだ』
敵機が問いかける。
『祈らず、逃げないと』
「……ああ」
ユウトは、歯を食いしばる。
「だからこそ、聞く」
敵機を真正面から見据える。
「お前は、何を望んでる?」
しばしの沈黙。
そして――
『終わりだ』
その言葉は、静かだった。
『戦争の続きを、ここで終わらせたい』
敵機の両腕が展開される。
だが、攻撃態勢ではない。
『リリウム・ノクス』
名指しだった。
『お前は“選べる”存在だ。
人の命令に従い続けるか。
それとも、自ら終止符を打つか』
《リリウム・ノクス》の内部で、警告音が鳴り響く。
――選択要求、想定外。
――倫理判断モジュール、再構築。
ユウトの心臓が、早鐘を打つ。
「ノクス……」
返事は、すぐには来なかった。
その代わり、操縦桿が重くなる。
まるで機体が、ユウトの意思を測っているかのように。
『操縦者』
初めて、はっきりとした声。
『あなたは、私に命令を下しますか』
戦場が、凍りつく。
敵も、味方も、世界さえも。
すべてが、ユウトの言葉を待っている。
彼は、深く息を吸った。
「……俺は」
震えを押し殺し、告げる。
「お前を、兵器として使わない」
《リリウム・ノクス》のセンサーが、一斉に沈黙した。
『命令、未成立』
敵機が、わずかに目を細める。
『では――』
次の瞬間、遠距離からの砲撃が戦場を切り裂いた。
第三勢力。
人類側の新型部隊。
『時間切れだ』
敵機が、静かに言う。
『選択は、先送りにされた』
爆煙の中で、二体の人型機動兵器が交錯する。
戦いは終わらない。
だが――もう、以前と同じ戦いではない。
ユウトは確信していた。
この世界で最も危険なのは、
敵でも兵器でもなく――
命令を下す「人間」そのものだと。




