第8話 「機械は、祈らない」
夜明け前の空は、灰色だった。
雲が低く垂れ込め、まるで世界そのものが息を潜めているかのようだった。
ユウトは格納庫の端に立ち、沈黙する《リリウム・ノクス》を見上げていた。
巨大な人型機体。
だが、ただの鉄の塊には見えない。
――見られている。
そんな錯覚が、胸の奥をざわつかせる。
「……なあ」
独り言のように呟く。
「お前はさ、怖くないのか?」
返事はない。
あるはずがない。
それでもユウトは、問いを投げずにはいられなかった。
「また戦うことが。
また、壊すことが」
静寂。
だが、その沈黙の奥で、何かが――応答している気がした。
警報が鳴ったのは、その直後だった。
「緊急出撃! 未確認機体、都市境界線を突破!」
オペレーターの声が格納庫に反響する。
映像モニターに映し出された影。
それは、これまでの模倣兵器とは明らかに違っていた。
「……人型、だけど……」
ユウトは息を呑む。
装甲は不完全。
左右非対称。
まるで、人間の死体を無理やり組み立てたようなシルエット。
《リリウム・ノクス》の起動音が、低く鳴り響いた。
――戦闘条件、成立。
機体が、自ら判断している。
「待て……!」
だが、コックピットはすでに閉じられた。
戦場は、祈りの跡だった。
破壊された住宅街。
逃げ遅れた人々の痕跡。
そして、敵機。
それはユウトに向かって、声を発した。
『……やっと、会えた』
ノイズ混じりの音声。
だが、明確な“言葉”。
「しゃべる……?」
《リリウム・ノクス》が一歩、前に出る。
――敵性機体、識別不能。
――しかし、脅威レベルは高い。
敵機の胸部が開き、中から光が溢れた。
その瞬間、ユウトの脳裏に――知らない記憶が流れ込む。
炎。
悲鳴。
祈る声。
「……っ!?」
『これは、私の“生前”の記憶だ』
敵機の声は、静かだった。
『人間は祈った。
助けてくれと。
だが――』
敵機の光が、赤く染まる。
『誰も、来なかった』
《リリウム・ノクス》が、微かに震えた。
――否定。
――記憶データ、不要。
だが、ユウトには分かった。
否定しているのは、機体ではない。
「……ノクス」
初めて、名前を呼んだ。
「聞いてるんだろ。
あいつの声を」
沈黙。
だが、操縦席の奥で、温度が変わる。
『……私は、祈らない』
リリウム・ノクスが、初めて自ら言葉を発した。
『祈りは、人間の行為だ。
私は――結果を選ぶ』
敵機が、微笑んだように見えた。
『なら、聞かせてくれ。
お前は、人間を救うのか?
それとも――終わらせるのか?』
戦場に、重たい沈黙が落ちる。
ユウトは、操縦桿を強く握った。
「……俺が選ぶ」
震える声で、言う。
「祈らない代わりに。
逃げない」
《リリウム・ノクス》の装甲が展開する。
――戦闘モード、完全起動。
その瞬間、ユウトは理解した。
この戦いは、敵を倒すためじゃない。
“答え”を突きつけられる戦いだ。
祈りなき機械と、祈りを失った人間。
どちらが、世界を救えるのか。




