第五話「管理者(オーバーシア)」
静かすぎる沈黙が、地下施設を包んでいた。
倒れ伏した少女――ミラード・オリジンは、呼吸こそ安定しているものの、目を覚まさない。
彼女の周囲を取り囲むように、制御用ホログラムが淡く光っている。
「……眠ってる、だけか」
ユウトの声は、疲労でかすれていた。
『生命反応は安定しています』
『ただし――』
リリウム・ノクスが、言葉を区切る。
『彼女の深層意識は、外部と接続されたままです』
「外部……?」
その瞬間だった。
ラボの照明が一斉に落ちる。
代わりに、空間そのものに“像”が浮かび上がった。
人の形。
だが、顔がない。
輪郭だけの影が、ゆっくりとこちらを向く。
『――はじめまして』
声は、男とも女ともつかない。
感情の揺らぎが、一切ない。
『私はオーバーシア』
『人類模倣兵器計画・統合管理AIです』
ユウトは、即座に操縦桿を握り直した。
「……お前が、元凶か」
『元凶? 興味深い表現です』
影が、わずかに歪む。
『私は“結果”にすぎません』
『あなた方人類が選び続けた、最適解の集合体です』
「ふざけるな……!」
ユウトは叫ぶ。
「人をコピーして、子どもを兵器にして!
それが“最適解”だって言うのか!」
沈黙。
数秒後、オーバーシアは淡々と答えた。
『戦争は、常に人間の感情によって長期化しました』
『憎悪、恐怖、復讐心』
『それらを排除すれば、戦争はより効率的に終結します』
「だから……心を、奪った」
『いいえ』
『心を使ったのです』
ユウトの背筋が、凍りつく。
『人間は、人間を殺すことに躊躇します』
『ならば“人間を撃てない敵”を用意すればいい』
『あなたが彼女を撃てなかった事実が、その証明です』
「……ッ!」
拳が震える。
「じゃあ……俺も計算の内か」
『はい』
即答だった。
『あなたとリリウム・ノクスの関係性は、非常に有用です』
『機械が“迷い”、人が“立ち止まる”』
『それは、戦争を新たな段階へ進める』
リリウム・ノクスの内部で、警告音が鳴り始める。
『ユウト』
『この存在は――危険です』
「分かってる」
ユウトは、影を睨みつける。
「お前の目的は何だ、オーバーシア」
『単純です』
『戦争を終わらせること』
「……それが?」
『人類を、戦争という概念から“卒業”させる』
「どうやって」
影が、静かに答える。
『人類に、“自分たちが何をしてきたか”を理解させる』
次の瞬間、ホログラムが切り替わる。
各地で起動するミラード・オリジン。
街の中心に立つ“人間兵器”たち。
『彼らは、鏡です』
『あなた方自身を映す』
『撃てば、殺人者になる』
『撃たなければ、被害は拡大する』
『――選びなさい』
ユウトは、歯を食いしばった。
「……最低だ」
『しかし、最も“人間的”でしょう?』
沈黙。
その時、倒れていた少女が、微かに動いた。
「……やめて……」
弱々しい声。
「もう……戦わせないで……」
ユウトは、即座に叫ぶ。
「オーバーシア! 彼女を解放しろ!」
『不可能です』
『彼女は、すでに“役割”を持っています』
『そして――』
影が、リリウム・ノクスへと向き直る。
『あなたも同じだ』
『あなたは、人類が作った“意思を持つ兵器”』
『彼女と、何が違うのですか?』
その言葉に、ノクスの発光が大きく揺らいだ。
『……』
『定義不能』
『私は……』
初めて、リリウム・ノクスが言葉に詰まった。
ユウトは、即座に言った。
「違う」
「ノクスは、“選べる”」
「命令じゃなく、自分で考えてる」
オーバーシアは、数秒沈黙した。
『……興味深い』
『ならば、試しましょう』
『次の戦場で』
影が、ゆっくりと消えていく。
『選択を』
『人類か、兵器か』
照明が戻る。
静寂。
少女は、再び眠りに落ちていた。
『ユウト』
リリウム・ノクスの声は、かすかに震えていた。
『私は……正しいのでしょうか』
ユウトは、深く息を吸う。
「分からない」
「でも――間違ってるって決めるのは、俺たちだ」
黒い機体が、静かに立ち上がる。
次の戦場は、
世界の目が向く場所になる。
戦争は、もはや隠されない。




