第二話「模倣体(ミラード)」
夜明け前の空は、不自然なほど静かだった。
都市外縁部――旧工業地帯。
かつて兵器工場が立ち並んでいたこの区域は、終戦後「非居住区」として封鎖されたままになっている。
にもかかわらず。
「熱源、複数……?」
ユウトはコックピット内で息を呑んだ。
モニターに映る反応は、人でも車両でもない。
人型。
だが、どこか歪だ。
『対象を確認。コードネーム――ミラード』
リリウム・ノクスの声は、いつもより冷静だった。
『人類模倣兵器第一世代。外見、行動パターンともに人間を基準としている』
「……“模倣”ってレベルじゃないだろ、これ」
瓦礫の向こうから現れたそれは、確かに人の形をしていた。
頭部、胴体、四肢。
だが装甲は白く、関節部はむき出しで、内部の人工筋肉が脈打っているのが見える。
そして――顔。
人間のそれを、雑に再現したような仮面が貼り付いていた。
『注意。対象はあなたを識別している』
次の瞬間。
ミラードが、笑った。
「――ユウト、だ」
歪んだ音声。
だが、その声色は、ユウトがよく知るものだった。
「……ふざけるな」
心拍数が跳ね上がる。
その声は――かつて同じ部隊にいた、戦死したはずの仲間のものだった。
『感情反応を検知』
「分かってる……っ」
歯を食いしばり、操縦桿を握る。
ミラードが一歩踏み出す。
地面が砕け、粉塵が舞う。
「お前が……“それ”を名乗るな」
ユウトの叫びに、ミラードは首を傾げた。
「名乗る? 違う。俺は俺だ」
次の瞬間、ミラードが高速移動する。
視界がブレる。
『回避行動――』
言葉より先に、リリウム・ノクスが動いた。
黒い装甲がしなり、白い機体の拳を紙一重でかわす。
衝撃波が背後の建造物を吹き飛ばした。
「速い……!」
『学習済みです。あなたの過去の戦闘データが使われている』
「つまり……俺対俺かよ」
リリウム・ノクスの腕部装甲が展開し、粒子ブレードが起動する。
だが、ミラードは一切の躊躇なく突っ込んできた。
「ユウト、なぜ逃げる?」
「戦争は終わったんだろ?」
その言葉が、胸を刺す。
「……それを言う資格があるのは、人間だけだ」
刃が交差する。
金属音が夜を引き裂いた。
ミラードの動きは、荒い。
だが、迷いがない。
『分析完了』
『彼らは“死を恐れない”。否――死を理解していない』
「……最悪だな」
ユウトは深く息を吸い、意識を切り替える。
「ノクス、制限解除。短時間でいい」
一瞬の沈黙。
『……承認』
黒い装甲の紋様が赤く発光する。
出力が跳ね上がり、空気が震えた。
「終わらせる」
リリウム・ノクスが踏み込み、ミラードの懐に入る。
白い装甲が砕け、内部構造が露出する。
その瞬間。
ミラードが、囁いた。
「なあ、ユウト」
「俺たちが守ったものって……何だったんだ?」
――迷い。
ほんの一瞬。
それで十分だった。
『警告! 背後――』
別のミラードが現れ、攻撃を仕掛けてくる。
ユウトは即座に反応し、振り向きざまに撃ち抜いた。
爆発。
白い破片が雨のように降る。
沈黙。
残ったのは、崩れ落ちる瓦礫と、焦げた地面だけだった。
「……くそ」
ユウトは、肩で息をしながら呟く。
「こいつら……人の心を、武器にしやがって」
『それが、人類模倣兵器の本質です』
リリウム・ノクスの声が、わずかに低くなる。
『彼らは問いを投げかけるために作られた』
「問い……?」
『戦争は本当に終わったのか』
『そして――人は、戦争を終わらせたいのか』
夜明けの光が、地平線から差し込む。
白く、冷たい光。
ユウトは、その中で静かに言った。
「……だったら答えてやる」
「終わらせる。今度こそ」
だが彼は、まだ知らなかった。
この戦いが、
人と機械、どちらが“人間”なのかを問う戦争になることを。




