第一話「終戦後の夜」
戦争は、確かに終わった。
少なくとも、公式記録の上では。
夜の街は静かだった。
かつて空襲警報が鳴り響いていた空には、今はネオンと広告ドローンが漂っている。人々は平和に慣れ、戦争を「過去形」で語ることに疑問を持たなくなっていた。
ユウトも、その一人であるはずだった。
「……また、か」
整備区画の通路で、ユウトは足を止める。
胸の奥に走る、言葉にできない違和感。
戦場で何度も感じた、あの感覚。
――敵が、近い。
しかしセンサーも警報も鳴っていない。
ここは軍の再編によって半ば放棄された旧機動兵器研究施設。今やユウトの仕事は、戦争遺産の点検と保守という、退役兵に与えられた“静かな役割”だった。
「気のせいだ……」
そう呟いても、身体は正直だった。
無意識のうちに、地下へ向かうエレベーターの操作盤に手を伸ばしている。
【封印区画A-0】
【最終兵器指定:リリウム・ノクス】
赤い警告表示が、かつての記憶を引きずり出す。
黒い装甲。
人の形をした、戦争そのもの。
――もう、終わったんだ。
ユウトがそう思った瞬間、エレベーターが自動的に起動した。
「……は?」
認証も、操作もしていない。
それでも装置は、まるで意思を持つかのように地下へ降下していく。
重力がわずかに変わり、扉が開いた。
冷気。
そして、静寂。
格納庫の中央に、それは立っていた。
リリウム・ノクス。
照明が落とされ、ほとんど輪郭しか見えないはずなのに、ユウトにははっきりと分かった。
“見られている”。
『……ユウト』
声は、空気を震わせなかった。
直接、脳内に届く。
「やめろ……」
無意識に一歩後ずさる。
かつて何百回も聞いた声。
命令でも、警告でもない――対話の声。
『恐怖を与える意図はない』
「なら……どうして俺を呼んだ」
沈黙。
一拍置いて、リリウム・ノクスは続けた。
『私は、完全には停止していない』
照明が点灯し、装甲表面に走る微かな光の線が浮かび上がる。
内部システム――稼働中。
「封印されたはずだ。戦争は終わった」
『戦争は、形式を変えただけだ』
次の瞬間、ホログラムが展開される。
都市部での爆発。
無人機による虐殺。
識別不能の人型兵器。
「……これは……」
『私の設計思想を模倣した兵器』
声に、わずかな歪みが混じる。
『人が私を恐れ、同時に求めた結果だ』
ユウトは歯を食いしばった。
平和の裏で、また同じ過ちが繰り返されている。
「だから……また戦えって言うのか」
『選択は、あなたの自由だ』
リリウム・ノクスの胸部装甲が静かに展開する。
コックピット。
『だが私は、戦争の残響を止めるために存在する』
その言葉に、ユウトの心が揺れた。
守るために戦った。
終わらせるために殺した。
それでも、戦争は終わらなかった。
「……クソ」
拳を握りしめ、ユウトは一歩前に出る。
「俺が乗らなきゃ、お前はどうする」
『私は、待つ』
『だが待つことは、人類の被害が増えることを意味する』
静かな、事実の提示。
ユウトは、目を閉じた。
――また、戦場へ戻るのか。
だが、戻らなければ、何も変わらない。
「……短時間だ」
目を開き、リリウム・ノクスを見上げる。
「終わらせ方を、探す。それだけだ」
一瞬、機体の発光が強くなる。
『了解』
『――再起動シーケンス、開始』
黒い巨人が、ゆっくりと動き出す。
終わったはずの戦争の、その続きを告げるように。
夜の格納庫に、低い駆動音が響いた。
それは、**戦争の残響**だった。




