第05話:13日金曜日ネット最期の日
「「執行開始!」」
二人は倉庫の扉を蹴破り突入した。
中は埃と火薬の匂いに満ちた、組織の巣だった。
「侵入者だ! 殺せ!」
銃弾が飛び交う中、一人の男が手をかざす。
「死ね、『狐火』!」
男の手から放たれた火球が俺に迫る。
「ネット、伏せろ!」
ゴリさんが俺を突き飛ばし、自身の能力『鬼氷』を放つ。
絶対零度の冷気が炎と激突し、爆風が巻き起こった。
「こっちにも能力者がいやがったか!」
「ゴリさん! 右から来ます!」
別の構成員が、鉄骨の陰から不可視の『防壁』を展開し、銃弾を弾きながら前進してくる。
「タレットの制御を奪います!」
俺は能力『ネットマスター』を発動。精神が倉庫内のネットワークに
侵入する。だが、敵も対策していた。強力な防壁が俺の意識を焼き切ろうと抵抗する。
「くっ…!」
歯を食いしばり、脳が沸騰するような痛みに耐える。天井のタレットが火を噴き、『防壁』ごと構成員を蜂の巣にした。その場に膝をつく俺。精神の消耗が激しい。
「ネット、そのまま援護しろ! 俺が道を開ける!」
ゴリさんは『鬼氷』を最大出力で解放し、遮蔽物を氷塊で破壊しながら抵抗する能力者たちを無力化していく。
数分後、アジトの最奥。主犯格の男が、最後の構成員数名に守られていた。
ゴリさんの『鬼氷』が最後の抵抗者を氷漬けにする。
「クソッ! どこから情報が漏れたんだ!」
主犯格の男は、俺たちの姿を見るや否や、その場に膝から崩れ落ちた。
「ま、待ってくれ! 俺も脅されてたんだ! 命だけは…! 命だけは助けてくれ!
組織の真のボスについて話すよ。頼む!」
男は額を床にこすりつけ、無様に土下座をして命乞いをした。
その姿に、俺は銃口を下ろしかけていた。
激しい戦闘と能力の酷使で消耗しきった俺に、あからさまな命乞いが響いた。
俺の理想論が、最悪の形で顔を出す。
「…ゴリさん。こいつ、反省してます! これなら法廷でも…!」
「甘いぞネット! 銃口を下ろすなっ!」
ゴリさんが叫んだ、その時だった。
「死ねや、ポリ公!!」
土下座していた男の顔が歪み、隠し持っていた拳銃を俺に向けた。
男の口がそう動いたのを読み取った。
発砲。
『無音』の中で、音のない衝撃だけが俺を襲った。
スローモーションのように、俺の胸が赤く染まった。
「……え…?」
俺は自分の胸を見つめ、ゆっくりとゴリさんの方を振り返った。
消耗しきった俺には、ゴリさんの警告もコンマ数秒早い銃口の動きも見えなかった。
「ゴ…リさん…正義…は……死にたく…な…い」
ガクッと膝が折れ、俺は床に倒れた。二度と動かない。
「アッハハハ! 馬鹿な刑事だ! 正義だあ? ねぇわ、クソ食らえだ!」
主犯格が哄笑する。
ゴリさんの頭の中で、何かが焼き切れる音がした。
「……そうか」
ゴリさんは静かに拳銃をホルスターに戻した。
「貴様だけは、俺の手で執行する」
(これが復讐だと言われても構わん。だが、あいつは法で裁かれる前に
ネットの命を奪った。なら、俺がここで裁く…! 令状があろうがなかろうが!)
ゴリさんの全身から、青白い冷気『鬼氷』がオーラのように立ち昇った。
「なっ、なんだその冷気は! や、やめろ! 来るな!」
『鬼氷』が荒れ狂う。
倉庫内の鉄骨がきしみ、コンクリートが凍てつき、砕け散る。
男の悲鳴は、凍気の嵐にかき消された。
◇
『無音閉鎖空間』が解除され、現実の音が世界に戻ってくる。
遠くでパトカーのサイレンが聞こえ始めた。
ゴリさんは、動かなくなったネットのそばに座り込み、
タバコに火をつけた。山さんが静かに隣に立ち、同じようにタバコを咥えた。
「……惜しい男を亡くしたな」
山さんが、吐き出した煙の先を見つめて呟く。
「…だが、やりすぎだ、ゴリさん。令状は『執行』を許可したが、
『私刑』を許可したわけじゃない。
最奥の男の死体は原型を留めていなかったぞ。始末書じゃ済まん」
「……」
ゴリさんは答えなかった。
紫煙を深く吸い込み、夜空を見上げた。
忌まわしいほどに赤い満月が浮かんでいる。
ネットは、殉職した。土下座した相手の不意打ちという、最悪の形で。
「…あいつみたいな正直者が、純粋に正義を信じられる。
そんな世の中であってほしかった」
ゴリさんは、震える声を押さえつけるように言った。
「山さん。子ども達が全員無事だったこと、あいつは喜びますよね…」
山さんは、コートのポケットに手を入れ、静かに答えた。
「迷うな、ゴリさん。…感傷に浸る時間は我々にはない」
山さんは赤い満月を見据える。
「この街は、決して眠らん。だが、あいつだけは静かに眠らせてやろう」
山さんはタバコを揉み消した。
「…さて、感傷はそこまでだ。どこかで、犯罪者が笑っているうちは、
のんびりタバコも吸っていられん」
ゴリさんは頷き、タバコを地面に押し付けた。
ネットの亡骸に、自分のジャケットをかける。
「ええ、分かっています」
ゴリさんは立ち上がった。その目は、赤い満月と同じ色をしていた。
「それが、俺たち(狼)ですから」
(いったん完結)
【作者より】
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読者の皆様からの熱い反応次第で、続きの連載を真剣に検討させていただきます。
【この後のプロット】
新しい新人の相棒の刑事が登場します。新パートナーと組んで、新たな犯罪に
立ち向かって行きます。犯罪組織が大きくなると2名では厳しいので、
短編は、魅力を伝えるために2名と山さんの構成でしたが、
連載版は、山さんを除いて4名か6名くらいの刑事ものにしたいと思っています。




