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第79話 3024

 わたらいさんに譲られ、先にエレベーターに乗り込む。


 利用者にも分かりやすいように、階数のボタンの横に、それぞれ対応する部屋番号のシールが貼ってあった。


 確認してから、3階のボタンを押す。


 エレベーターが動き出しても、僕たちは、何も話さなかった。


 表示板の数字が大きくなるのを、ぼんやりと見ている。


 なんとなく振り返ると、背後は鏡張りになっていた。


 落ち着かない。


 さっきまで繋いでいた彼女の手が、また僕の方へ差し出されるのを、ただ待っていた。




 エレベーターが三階に到着し、低く、重い電子音が鳴った。


 音もなく、扉が開くと、そこには果てしなく無機質な光景が広がっていた。


 白に近いグレーの床に、等間隔に並ぶオレンジ色の扉。


 天井のLED照明が、僕たちの足音に反応して、前方へとパチパチと順番に灯っていく。


 まるで、意思を持った光の道が、僕たちを奥へ奥へと誘っているようだった。


 曲がり角には、数十番刻みの地図やプレートがあり、それに従い歩みを進めた。


「……三階、だね」


 わたらいさんも、涙の跡を隠すように顔を上げ、歩き出す。


 彼女の靴音が反響して、耳の奥に刺さる。


 3001、3002、3003……。


 番号は、奥へ向かうにつれて大きくなっていく。


 入り組んだ角を曲がるたびに、一階には辛うじてあった、人や街の気配が遠ざかり、代わりに誰にも見られないという静かな恐怖が、肌にまとわりついてくる。


 やがて、その番号は、ほとんど突き当たりに近い通路の陰にひっそりと現れた。


 3024。


 ドアノブに、探し求めていた鍵穴がある。

 

 僕は、ポケットの中で鍵を握りしめた。


 あんなに怒っていたはずなのに。

 この瞬間を待ち侘びていたはずなのに。


 いざその前に立つと、指先が凍りついたように動かない。


「……開けないの?」


 わたらいさんが、僕の真横に立った。

 彼女の肩が、僕の腕に微かに触れる。


 その体温の低さに、僕はハッとした。


 ――開けなきゃいけない。


 たとえこの中に、僕のすべてを壊すような「何か」が入っていたとしても。


 僕は震える手で、ポケットから鍵を取り出して、鍵穴に一思いに差し込んだ。


 鍵は抵抗なくすんなりと飲み込まれた。

 そのまま手首を使って捻ると、カチャ、と確かな解錠音がした。


 僕は一度鍵を引き抜くと、隣にいるわたらいさんを見た。


「扉は、わたらいさんが開けて」


 わたらいさんは、何も言わずにドアノブにそっと触れ、扉を開けた。


 開くと同時に、4畳半ほどの収納スペース内が煌々と照らされる。


 おそらく、人感センサーか何かだろう。


「……入ろうよ」


 わたらいさんの声は、幾分落ち着いていた。


 それでも僕は、反射的に数歩下がってしまう。


 ――見えている。

 もう、見えている。


 よく見なくても、中に入って確認しなくても、僕はもう分かってしまった。


 まるで、初めから僕の存在なんて想定していなかったみたいに、兄ちゃんの私物だけが、綺麗に整理されて並んでいた。


「入ろうよ、ぺこ」


 ――入れないよ、わたらいさん。

 僕、まだ、信じてたんだ。


 ――それなのに。

 ここに閉じ込められているのは、兄ちゃんの残骸だけなんだよ。


「……ねえ、大丈夫?」


 わたらいさんが、僕に向けて差し出したその手を、僕は力いっぱい振り払っていた。


 僕の視線はもう彼女ではなく、その奥に向いていた。


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