第77話 見学
「……はい」
呼び出しボタンの近くにあるモニターに、女性スタッフの姿が映し出された。
「ご用件は?」
「あっ……」
つい、勢いで押してしまった僕は、言葉に詰まってしまう。
どうしよう。
何にも考えてなかった。
モニター越しに、女性スタッフの視線が突き刺さる。
一見すると、柔らかい表情だ。
それでも、子供のイタズラの可能性を捨てきれないような、微かな攻撃性が透けていた。
「あ、あの……」
僕は、なんとか喉の奥から言葉を絞り出そうとした。
「鍵が……家から、鍵が……」
家から、鍵が出てきた。
正直にそう告げようとした僕の声を遮るように、わたらいさんのよく通る声が響いた。
「見学したいんですけど!」
しばらく、沈黙があった。
モニターの向こうで、女性スタッフが一度だけ瞬きをする。
「……ご見学ですね」
確認するような口調だった。
それ以上は、何も聞かれない。
「少々お待ちください」
ぷつり、と音を立ててモニターが暗転する。
直後、建物の奥から電子音が響き、ガラス扉のロックが解除された。
僕とわたらいさんは顔を見合わせたけれど、何も言わずに中へ入る。
すぐに、先程の女性スタッフと合流した。
僕とわたらいさんのことを交互に。
見るでもなく、見ている。
「……ご見学、ですね?」
改めて、確認するような口調。
僕たちと目線を合わせるために、女性スタッフがしゃがんだ。
「おうちの方は?」
やっぱり、子供だけじゃ入れてもらえないんだろうか。
なんだか、悪いことをしているみたいで、罪悪感に胸が押しつぶされそうになる。
ただもじもじするしかない僕をよそに、わたらいさんは一歩、スタッフへと距離を詰めた。
「家庭の事情で、遠くに引っ越すかもしれなくて」
わたらいさんのよく通る声に、女性スタッフが少し怯んだようにも見えた。
「偶然、通りかかったんですけど……おじいちゃんとおばあちゃんの荷物、こういう場所があれば助かるんじゃないかなと思って」
わたらいさんは、ぎこちなく笑った。
「すみません、勝手に来ちゃいました。予約とか、必要でしたか?」
女性スタッフは一瞬、言葉を探すように沈黙したが、すぐに事務的な笑顔に戻った。
「いえ、大丈夫ですよ。それでは、簡単にご説明いたします。今、パンフレットをお持ちしますね」
スタッフルームへと消える背中を見送ってから、わたらいさんが僕を振り返り、早口で囁く。
「鍵、何番?」
僕は慌ててポケットから鍵を取り出し、刻印された管理番号を盗み見た。
「……3024」
わたらいさんが頷く。
「適当に話し合わせて、なんとかその部屋がある階に行こう」
彼女はスタッフルームの気配を気にしながら、僕との距離を詰めるように一歩前へ出た。
「大丈夫、任せて」
彼女は一瞬だけ、迷うように視線を落とし、それから意を決したように、僕の手を引いた。




