第58話 久しぶりに使われている部屋
昨日投稿した57話修正しましたので合わせてご確認ください
僕の部屋のドアがノックされた。苛立ちは感じられない。集合が遅れたことを咎めるわけでもない。
あくまでも、僕らを起こしに来ただけ。ママにとって、それが当たり前のことだから。
僕は諦めてドアを開いたけれど、ほんの少しの隙間しかできないほどの至近距離にママが立っていた。
僕を部屋の外に出したいのか、閉じ込めたいのか、分からない。
「あら、意外と早起きね」
ドアの隙間から僕の顔を覗き込むようにして、ママはあくまでも穏やかな笑みを浮かべていた。
リビングから漂ってくる朝食の匂いが、部屋の中にまで届いてくる。
「……わたらいさん、昨日ほとんど寝ていないみたいなんだ」
僕は、ママの方をなるべく見ないようにしながら言った。
「今は、起こさないであげて」
ママは一瞬、困ったような顔をした。
「眠れなかったの?まあ、どうしてかしら……」
ママは少し考えてから、昨日の自分の「もてなし」には落ち度がないことを確信しているようにこう言った。
「……やっぱり、夜遅くにピザなんて食べたから、胃もたれでもしてたのよ。だらしないわね、女の子なのに」
違う。胃もたれなんかじゃない。
腹の奥底から込み上げてくる怒りを、僕は必死に飲み込む。
「……本当に、分からないの?」
僕は、ママの目をじっと見る。
彼女はたぶん、過呼吸で倒れた僕を夜通し見守ってくれていたのに。
ママはすぐに僕から目を逸らし、ドアから一歩下がった。
「いいから、早く食卓に着きなさい。冷めてしまうわ」
通り抜けられる幅にドアを開いて、廊下に出る。
ママは、隣室である兄ちゃんの部屋の扉の前にいた。
「……この部屋、久しぶりに使われているのね」
背を向けられていて、ママの表情は見えない。
僕の肩がびくりと跳ねる。
部屋の中では、わたらいさんが寝ている。
何か言わなければと、僕が考えを必死に巡らせている、その間に。
ママがポツリと呟いた。
「遥の浮いた話は、聞いたことがなかったわ」
その声には、懐かしさも、悲しみも、悼む心もなかった。
ただ、事実を述べただけの口調。
僕は息を呑む。
ママの手が、兄ちゃんの部屋のドアノブを愛おしげに撫でていた。
もし、このドアを開けられたら。
万が一にも、わたらいさんの身に何かあったら。
考えただけで、喉の奥がひりついた。
永遠にも思える沈黙の後、ママがゆっくりと僕の方を振り向く。
「それじゃあ、ご飯を食べましょうか」
僕は頷くことしかできなかった。
先を歩くママの後ろをついて行く。兄ちゃんの部屋の前、すれ違いざまに決意を込めて、その扉にそっと触れた。




