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2つじゃないと完成しない

 すぐにその場を立ち去ろうとしたママを、僕は追いかけなかった。選んだフィギュアを両手で大事に抱えながら、土産物売り場をもう一度見回す。


 レジへ向かうママの姿が、視界の端で確認できた。


 僕は、ママが望んだような誰にも嫌われない、無難で可愛らしい商品が並ぶ棚を、敢えて見ている。


「ねえ、ママ」

 僕はママの後ろ姿に声をかけた。

「ちょっと待って」


 ママは歩みを止め、硬い表情のまま振り返った。


「これだけじゃなくて、もう一つ、あげるものを足そうと思うんだけど……どの色がいいと思う?」


 僕の手には、水族館の動物達のシルエットが小さくプリントされた可愛らしいシュシュが握られていた。


「わたらいさん、髪が長いから似合うと思うんだ。でも僕、こういうのよく分からなくて……」


 僕のその言葉で、ママの顔が明らかに安堵したように見えた。


 やはり、グソクムシのフィギュアだけでは、僕の献身があまりに一方的で普通ではないと、ママの心のどこかが不安を感じていたのだろう。


 ママはすぐに笑顔を取り繕ったが、まだ戸惑っているようにみえた。


「そうね……女の子にあげるものなら、変に目立つ色は避けた方がいいわ。アザラシの白とか、このシャチのプリントの黒とか。ベージュも使いやすいわよ、このラッコの模様の。


 あんたにはわからないかもしれないけど、そういうのが無難で一番喜ばれるの。もし似たような物を持っていたとしても、実用的な消耗品だし」


 ママは、僕の知識の欠如を指摘することで、新しい支配の手綱を必死に握りしめようとしていた。


 僕は黙ってその意見を聞く。そして、その指示に逆らうことなく、無言で黒いシュシュを手に取った。

「それじゃあ、このシャチのやつにする」


 僕が何の葛藤も見せずに従ったことで、ママの表情は少しだけ緩んだ。


「ええ、それがいいわ。センスがいいわね。あなたも少しは……」


 しかし、ママは言葉を途中で止める。僕の選んだシュシュを、改めて見つめていた。


「ちょっと待って……その子、あなたとおんなじ年頃よね?ということは、髪を染めていないんでしょう?」


 ママの手が、シュシュを持つ僕の手に伸びる。


「黒い髪に黒いシュシュ?……ううん、せっかくなら、もっと黒に生える明るくて綺麗な色の方がいいんじゃないかしら。黄色とか、ピンク色とか。それじゃあ、ちょっと無難すぎ。目立たないし、地味よ」


 ママは自分から黒を勧めたにも関わらず、僕の選択にケチをつけ始めた。


 僕は、ママの顔をじっと見つめる。さっきと言っていることが違うと、わざわざ指摘することもしない。


 僕は目を伏せてから、静かに答えた。

「これにする」


 それは、さっきグソクムシのフィギュアを選んだ時と同じくらい、譲れない選択だった。


「目立たない黒だからいいんだ。それにシャチは捕食者だから、強い」

 後半の言い訳は自分でもよく分からなかった。論理ではなく、ただ衝動が口を突いて出た。


 それでも、ママの顔からみるみる血の気が引く。僕の言葉の場違いな、駄々をこねる幼児のような頑固さに、もはや怒りや反論の言葉を見失っていた。


 僕は確かな足取りで、お土産のシュシュとダイオウグソクムシのフィギュアをレジに持っていく。ママの気が変わる前に、さっさと買ってしまいたかった。


 店員が手早くバーコードをスキャンする。遅れてやってきたママが「ちょっと待ってください」とレジの人に慌てて声をかけた。


 僕はママの方を見る。

 ママは僕に向かって「こっちだけでも充分喜んでもらえると思うわよ」と、シュシュを指差して言った。


 その縋るような目線から逃れるように、僕は何も言わずにフィギュアのグソクムシにシュシュを襟巻きみたいに巻きつけた。

 このプレゼントは、2つじゃないと完成しない。


 ママは諦めたように、長い息を吐いた。

「それ、プレゼント用なんです……包む前に、値札のタグを取ってもらえます?」


 簡易包装でもリボンの色を選べると言い、店員にサンプルを差し出された。


 ママの顔を伺うと、選択を促すでもなく、ただじっと僕を見つめていた。せめて、外側だけでも華やかな色を選んで欲しいという無言の圧力を感じる。


 僕はサンプルを一瞥して、すぐに紺色のリボンを指差した。


「これがいい。これでお願いします」


 それは静かな夜のような、あるいは冷たい深海のような深い青だった。


 それから会計を済ませる間、ママは何も言わなかった。


 レジ袋の中にグソクムシのフィギュアとシュシュが梱包された紙袋と、ママの職場のお土産のクッキーが一緒に入れられる。僕はレジ袋を大事に受け取った。


 そのまま歩き出そうとしたが、ママ急に立ち止まる。

「それ、ちょっと貸して」


 ママはレジ袋からプレゼントの入った紙袋を取り出した。必然的に片手だが、下から手を添えるように持ち、できるだけ丁寧に扱っていることが伺えた。


「ほら、せっかくリボンが潰れちゃうから。あんた持ってなさい」


 僕はママの言葉には答えず、綺麗に包装されたプレゼントを――誰にも侵されない僕だけの真実を、胸元にぎゅっと抱きしめた。

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