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『勇者を辞めたエルフは株を買う 〜魔王討伐後、投資で世界を変える〜』  作者: かめ


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第39話 見えない手

今回は「暴落そのもの」ではなく、

それを裏で動かす“情報の流れ”がテーマです。


市場は数字ではなく認識で動く。

その怖さが少しずつ表に出てきます。

鐘の音が、王都に重く響いていた。


 中央広場に設置された魔導拡声器が、緊急の情報を流し続けている。


「大手三商会に対する信用不安の拡大……」


「追加の資金供給停止の可能性あり……」


 言葉だけが、やけに冷静だった。


 だが、街の空気はすでに冷静ではない。


「リゼリア、完全に連鎖してるぞ」


 ガルドが早足で並びながら言う。


 人々は銀行へ走り、商会へ押し寄せている。


 昨日まで“安定”と呼ばれていたものが、一日で崩れようとしていた。


「予想より早い」


 リゼリアは短く答えた。


 その声には焦りはない。


 ただ、計算の修正だけがある。


「誰かが“加速”させている」


「加速?」


「恐怖の流れは自然でも、速度は操作できる」


 リゼリアは通りの先を見た。


 人の流れが一点に集まっている。


 そこに、ひとつの商会の看板があった。


 ルーメン通信。


「……来たか」


 ガルドが低く呟く。


 建物の前にはすでに列ができていた。


 解約申請。


 資金引き出し。


 契約解除。


 それらを求める人々が、押し寄せている。


「昨日までは何もなかったのに……」


「“昨日までは”が一番危ない」


 リゼリアは歩みを止めない。


 群衆の中へと入っていく。


 その瞬間だった。


「おい、あれ……」


 ガルドが目を細める。


 列の少し離れた場所。


 商人風の男が、何人かに何かを囁いている。


 そして、その直後。


 数人が一斉に動いた。


「引き出せ!」


「今すぐ逃げろ!」


「ここはもう持たない!」


 声が連鎖する。


 一気に列が崩れる。


「やっぱりな」


 リゼリアは静かに言った。


「仕掛けられてる」


「誰がだ?」


 ガルドの声が低くなる。


 リゼリアは視線を上げた。


 商会の前。


 人混みのさらに奥。


 一人の男が立っている。


 灰色のローブ。


 顔は見えない。


 ただ、その存在だけが異質だった。


「あいつだ」


 リゼリアが小さく言う。


「恐怖を“流している”」


「……魔法か?」


「違う」


 リゼリアは首を振った。


「もっと厄介なもの」


「なんだよ」


「情報」


 その言葉に、ガルドが一瞬黙る。


「情報で人を動かしてるってことか?」


「正確には、“信じさせている”」


 群衆はすでに混乱していた。


 誰が正しいのか分からない。


 何が事実なのかも分からない。


 ただ“危ないらしい”という空気だけが増幅していく。


「市場は数字で動くんじゃない」


 リゼリアは静かに言った。


「認識で動く」


 その瞬間。


 ローブの男がわずかにこちらを見た。


 視線が合う。


 いや、合わされた。


 リゼリアはその一瞬で理解する。


「……気づいてるな」


 男は何も言わない。


 だが、空気がさらに揺れた。


 まるで次の波を準備するように。


「リゼリア、どうする?」


 ガルドが問う。


 群衆はすでに制御を失いかけている。


 ルーメン通信の建物は、今にも崩れそうな圧力を受けていた。


 リゼリアは一歩前に出る。


「簡単」


「何がだ」


「“情報”を止める」


 そして、静かに言った。


「ここからは、奪い合いじゃない」


 目が鋭くなる。


「正しい現実の取り合いだ」


 鐘はまだ鳴り続けていた。


 市場は、完全には壊れていない。


 ただ、誰かの手で“壊され続けている”だけだった。

第39話でした。


ここから少しずつ、

「なぜ暴落が起きているのか」という裏側に踏み込んでいきます。


投資の世界で一番厄介なのは、

価格でも企業でもなく「情報」です。


何を信じるかで、

同じ現実がまったく違って見える。


次回は、

ローブの男の正体と、

リゼリアが“情報戦”に踏み込む理由が少し明らかになります。


引き続きよろしくお願いします。

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