「第二十話」《『未来』の兵士》
チリンチリンと鈴の音が店内に吸い込まれた。店内の空気が少し揺れる。
「久しぶりだな。ダリス」
「カイ!ほんと久しぶりだなぁ!」
店の中は意外と混んでいた。入口近くの席は埋まり、奥のテーブルにも若い兵士らしき男たちが肩を寄せあっている。
キョロキョロしていると、若い女性が軽く会釈をし、「こちらです」と空いた席を示してくれた。
「カイさん。ここは?」
「店主が同期で、よくテオとも食事をしに来ていた」
テオの名前を口にした瞬間、彼の目がわずかに揺れた。店内の照明がその揺れを拾い、反応は隠しようもない。
「決まったか?」
ダリスが注文を聞きに来た。
「俺はいつもので、飲み物は度数の小さい酒で頼む」
「了解。そっちの二人も酒にするか?」
「おい、未成年に飲酒を勧めるな」
軽口のやり取りの最中、ミロがそっと顔を上げる。
「あの、父さ……テオさんと同じものをお願いできますか?」
その言葉が落ちた瞬間、店の喧騒が遠のいた気がした。ミロの声は震えてはいない。その静けさが逆に胸へ響いてくる。
「あぁ、"お前の父さん"と同じものな」
「じゃあ俺もそれで!」
「あいよ。ちょっと待ってろ」
ダリスは注文をメモすることなく、慣れた足取りで厨房へ戻った。
ほどなくして皿が運ばれてくる。
「お待ちどうさん。オムライスと、ステーキ二つな」
皿が置かれた瞬間、鉄板の熱がまだ残っており湯気が静かに立ち上る。
「これ、テオさんが食ってたの?」
「あぁ、あいつは大食いだったからな」
信じられないと、ルカの口がぽかんと開いたまま閉じない。
それに隠れてミロは、テオの名が会話に出るたび僅かに呼吸のリズムを崩す。
テオの見た目はとても細い。ほかの店に行き、オムライスとステーキを頼めば、ステーキは必ずカイの方に置かれる。店員が見えなくなってから交換していたのもいい思い出だ。
「それと、飲み物は、オレンジジュース二つと、アルデンモルトな」
「度数の小さいものをって言ったはずだが?」
「いつもの、だろ?」
たしかに、ここへ来れば毎回、アルデンモルトを頼んでいた。ダリスは当然のような顔だ。
「そっち二人は成人したら飲ませてやるよ。テオのいつもの、をな」
そう言ってから、ダリスはカイの隣にドカッと腰を下ろした。
「いいのか?ここにいて」
「俺の愛する妻と娘が話して来いってな!」
「そうか」
また、惚気が始まりそうだったので、カイは話題を切り替えた。
「客が増えたな。しかも若いヤツら」
「まぁな……店としては嬉しいんだが複雑だな」
横目に客たちを見ると、制服姿の若い兵士がちらほら。
カイの視線を追って、ルカが首を傾げた。
「待って、店主も元兵士なの?」
「足が吹き飛んで辞めたがな!」
豪快な笑い声に、ルカが目を丸くする。
「後悔はしてない?」
「後悔かー……無いっていえば嘘にはなるな。だが、無くなっちまったもんは戻ってこねぇ。だから、前向いて生きるしかねぇんだよ」
「なんで兵士になったの?」
「なんでって……女の子にモテるためだよ。お陰で最愛の妻と出会えた! 願ったり叶ったりだ!」
ルカは、「変なの」と呟き、ステーキへかぶりついた。
「じゃあ、戦争に行ったことは正解だと思いますか?」
「正解って……どうだよ。カイ」
「俺に振るのか」
「お前しかいないだろ」
カイは大きな溜息をつき、アルデンモルトを一口飲んだ。舌の奥が少しだけ熱くなる。
「選択肢なんてない、つまり正解や不正解も存在しない」
「だな……入っちまえばみんな平等に、戦争に行くもんだしな」
「じゃあ、入隊したことに後悔はないの?」
「まぁ、今こうしてお前らと飯を食ってるのも入隊したおかげだからな。後悔はない」
「俺もだなぁ〜なんたって最愛の妻に会えたからな!!」
「分かったから」
肉を切る音、客の笑い声――
それらが店内を満たしていた。
その中で一つ。
「俺、兵士になるよ」
ルカが静かに呟いた声を聴き逃しはしなかった。
スプーンを持つカイの手が止まる。
カイの胸の奥で歯車の錆が剥がれた。
「なんでそう思った」
カイの声が自然と低くなる。ミロもルカを見つめている。ルカは少しだけ背筋を伸ばした。
「"人のため"に働きたいからかな。俺が行けば孤児院のみんなを守れるんでしょ?」
言葉は真っ直ぐだった。だが真っ直ぐすぎて脆い。カイは、即座に肯定も否定も出来なかった。
「……死ぬ可能性もある。それでも兵士になると言うのか?」
「はい。カイさん」
その返事にはしっかりとした芯があった。そこまでの覚悟を持つルカを否定する術はない。
「分かった。死なないように稽古をつけてやる。それに合格したら入隊試験を受けてもいい」
「ほんと?!ありがとう!カイさん」
ルカの声だけが店のざわめきを突き破り、真っ直ぐに響いた。
その笑顔が、あまりにも美しくカイの胸はまた少しだけ痛みを持った。
そして、止まっていた歯車がゆっくりと回り出した。
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2025年12月05日(金)18時00分
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畸人0.1号




