「第二話」《『親友』との出会い》
帰還後、数日経った。
カイは通常業務に戻っている。机の上に積まれたのは――先の戦争で命を落とした兵士たちの遺品だ。
「カイ中尉。これはどうするんすか?」
死んだカイの部下の代わりに新たに配属されたハルが、机で黙々と書類作業をしていたカイに持ってきたのは、テオの遺品。
「……俺が持っていく。引取先はミロだろ?」
「息子のミロ宛って書かれてあるんすけど……テオ中尉って子供さんいらっしゃったんすか?」
「ああ。そうか知らないのか。ミロはテオの実子じゃない」
テオは親バカだったくせにそういうことは一切言わなかったな――とカイは込み上げる感情を押し殺し、視線を静かに書類へと戻す。
「実子じゃないんすか? じゃあ……孤児?」
「お前……ハルだったな? 無駄口叩いていないで手を動かせ」
カイは顔を上げずにハルに答える。まだまだやるべきことが山積みだ。
「分かってますって。俺、手も口も同時に動かせるんで。それに人は死んだら記憶でしか生きられないんですよ?」
「ほら休憩がてらに」とハルが言う。
カイは少し考え、ここ数日間、手から離さなかったペンを置いた。
「あれは、」
「あ、話してもらえるんすね」
カイは呆れて、額に手を当てた。
「聞きますよっ。聞きます、聞かせてください!」
一つため息をついてカイは口を開けた。
「あれは……俺たちの初陣の時だ――
《数年前__》
「くっそがぁ!!」
カイは轟轟と燃え上がる敵の要塞から逃げ出した。熱風にあおられたコートの裾が、焼き焦げる。味方はおそらく全滅。どうやら要塞ごと爆弾で吹き飛ばし、我々、アルディアの兵士を一度退却させることが狙いだったようだ。
偶然、カイは少し離れた場所を歩いていたため、落ちてきた爆弾の巻き添えにならずに済んだ。運――それ以外の何物でもない。煙を吸い込まないように口にハンカチを当てて逃げる。喉の奥がカラカラに乾く。汗なのか冷気なのか、自分でも分からない液が背中を伝っている。
「初陣でこれとは……全くなんという不運なんだ」
そう、これがカイにとっての初陣だった。実際、先日、要塞に到着した隊は隊長らを除き全員、初陣の兵士だった。上層部は「確実に落とせる」と踏んでいたのだろう。その結果が、このザマだ。
「おぉぉぉーーーーぃぃ!!」
一瞬、背後から声が聞こえた。もう死人の声が聞こえるようになったかと頭を振り声を振り払おうとするが、もう一度確実に声が聞こえた。
「おぉぉぉーーーーーーいぃぃぃ!! そこの奴ーー!!」
この声量は確実にこの世の人間の声だろう。警戒しながら振り向くと、カイと同じ隊服をきた男がこっちに向かって走ってきていた――それはのちに、誰より長く戦場を共にすることになる、テオだった。
「は?」
声が出たのも無理はないと思う。こちらに走ってきた男の後ろに敵兵が見えたからだ。
「ッチ。早く来い!!」
カイは手持ちのライフルに素早く弾をこめ、敵の兵士に照準を合わせ次々と正確に撃ち抜いていく。幾らか敵は減ったかと思われたが、まだ蟻のように湧いてくる。焦げた鉄の匂いが喉を刺す。
「おい! 弾切れだ! 走るぞ!! こんなところで死にたくはねえ!」
「同感だ!! 走るのには自信がある!」
そこら辺は記憶にあまり残っていない。二人はただ走った。死に物狂いで味方のキャンプ場を目指し、どうにかキャンプに到着した。敵が攻めてきていることを伝えると、キャンプの指揮官は即座に指令を出した。
「おう! 助かった。名前は?」
「はあ……お前のせいで死にかけたんだぞ? そっちが先に名乗れよ……」
死にかけさせた方が先に名乗るなんて、そんな規則は教わらない。
「俺はテオ。お前もこの後が初陣ってとこか?」
今の今、戦場から生き残った兵士だという顔ではあらず、その目は輝いていた。
「あぁ。俺は、カイだ。つまり同期だと」
「のようだな。俺たち以外全滅か」
先ほどそのような伝達があった。
「まあ。お互いよく知らないうちに死んだからな思入れが少なくてよかった」
テオは少し俯いていた。
そんな顔をされると、少しだけ罪悪感が胸をくすぐる。
「なんだ? 人の死を悲しむタイプか?」
「そりゃな? 敵であろうと味方であろうと誰もが人間だからな。悲しいよ」
「へえ。そんなんでこの先やっていけんのか?」
「どうだろうな。」
カイは歯切れが悪いテオに少しイラついた。
「意気地なし。」
「はあ? 人の死を悲しんだら意気地なしなのかよ?」
「意気地なしだろ!! 俺たちは兵士だぞ? 兵士なら割り切るべきだろう!!」
「なんだと?? やるのか? カイ!!」
今まさに喧嘩が始まろうとしている時、テントの入り口が開き、戦場医師が入ってきた。そう二人は救護テントにいるのだ。つまり怪我人だ。
「はいはい。血の気が多いのはいいことだけどな? 今は安静にしてろよ」
医師が二人の頭をコツンとしばいた。
「ああそうだ。そこの緑頭の。お前が抱えてきた子供。怪我もなく元気だとよ」
「そうでしたか……いやよかった。泣いてたんで……」
テオはホッと胸を撫で下ろし心底安心したようで、よかった……と繰り返している。
「ちょっと待てよ? お前まさか見ず知らずの子供を救うために俺まで危険に晒したなんて言わねえよな?」
「カイ! 大正解!! ありがとう!」
「ふざけんなよ……この野郎!!」
「……なんでこうも元気なんだか。喧嘩は止めろ。おやすみ」
首筋に一撃――
直後、二人の喧騒がぱたりと止む。
救護テントに、静けさが戻った。
次回の更新は
2025年7月18日(金)18時00分
です。
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畸人0.1号