「第十六話」《遠出の『予定』》
「かいっち!!」
扉が乱暴に開いた。院長室の静けさが一瞬で破られる。入ってきたのはヴィン。いつも通り、場の空気を読む気などさらさらない。
「なんの用だ……ヴィン」
カイは眉をひそめ、額を抑える。目の前にはマリンダがいるのだ。
「おや、新しい子かい?」
マリンダが微笑む。その穏やかさに、ヴィンの勢いが一瞬、削がれる。
「えっと……ご婦人、お名前は?」
いつもの軽口がどこかぎごちない。
ヴィンの視線がカイに向く。その瞳にはわずかな焦りがある。
――助けを求めているようだ。だが、知ったこっちゃない。
「あたしはマリンダ。ここの元院長だよ。君は?」
「ヴィンと申します。マリンダ様。」
ヴィンは姿勢を正し、マリンダの手を取って甲に口づけを落とした。
「へぇ〜……よくカイくんが受け入れたねぇ」
マリンダが目を細める。
その声色には、からかいと興味が混ざっていた。
「『来るもの拒まず去るものにも愛情を』ですから。マリンダさんがおっしゃったじゃないですか」
そう言うと、マリンダは満足そうに頷いた。
「そうだね。たとえ――ザルガスの子であってもね」
ザルガス――
その名が出た瞬間、空気が僅かに冷えた。
ヴィンの心臓の音まで聞こえてきそうだ。
「なぜ、そう思うのでしょうか?」
ヴィンの顔から、笑顔が消え、ひきつり、声は震えている。
「年の功だよ」
マリンダは、悪い笑みを浮かべる。
「随分こっち側になろうとしてるみたいだけど、まだまだだね」
くすくすと笑う声が室内に響く。
敵意はない。だが、見透かされているような鋭さ。その笑みの奥に潜む鋭さに、空気までが引き締まるようだ。
カイも何故か身震いした。
「それじゃあ、お暇しようかね」
マリンダはゆっくりと立ち上がる。
「卒業式の件、考えておくよ」
「はい。ありがとうございます。また」
カイが頭を下げると、マリンダは手をひらひらと振って出ていった。
「はぁ……怖いなあの人」
「一目で見抜かれたからか?」
ヴィンはこくりと頷いた。
「俺たちはさ、国から戦争を止めろ、って言われてるから、ある程度訓練は受けてるわけ。それを、一瞬でって……あの人も元兵士かなんか?」
「いや……そういう話は聞いたことがないな」
テオなら何か知っていたかもしれないが。
「というか卒業式って、そこまでおっきい子いなくない?」
「こっちは十六で卒業だからな。ちょうどルカとミロが十六だ」
「へぇ〜。こっちは十九だったな〜」
ヴィンはソファにどかっと腰を下ろす。
軽口に戻ったのは、緊張が解けた証拠だ。
「そんな話をしに来たわけじゃないだろ?」
カイが問う。
「そうだ! かいっち。みんなでピクニック行こ!」
突拍子もない提案。何か考えがあってからの発言だとは思いたい。
ヴィンの顔を見れば、とんでもない笑顔がそこにある。
あぁ、絶対思いつきそのままだ。
「お前が行きたいだけだろ」
「えー……だめ?」
元々、外には連れていこうと思っていた。それが、流れに流れ今まで連れていけていなかった。
「分かった。予定を組んで準備をしよう。」
「よっしゃー!」
ヴィンが跳ねるように立ち上がった。院長室の空気が、一気に明るさを帯びた。
カイの肩から力が抜け、思わず口元を緩めた。
ヴィンがいると、この場所が少しだけ生きているように感じられる。本当に不思議な男だ。
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2025年10月31日(金)18時00分
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畸人0.1号




