「第十三話」《『敵国』の兵士》
――――第二章 始――――
時は立ち、戦後から一年が経とうとしていた。
まだ、戦場の記憶は新しく、城外へ出れば、火薬の残りカスや、防具なんかが落ちている。
「お兄さん、面白いね!」
玄関先で子供たちが誰かと騒いでいるのが耳に入った。
ダリスか配達の人が来たのか、誰のことをお兄さんと呼んでいるのだろうか。
カイは気になり子供たちの声が聞こえた方へ目を向ける。
「お! 見つけた見つけた!」
そこにいた男がカイに向かって走ってくる。
「よお! 『アルディアの英雄』」
英雄――
カイは咄嗟に近くにあった鍬を男に突きつける。
無駄のないその一撃に、現役時代の気配が滲み出る。
「うおっ! いやあ流石だな。カイ中尉!」
「何用だ。返答によっては黙っちゃいないが」
一般男性でも鍬を相手の喉元に向けたまま保つのは難しいが、カイはそこから微動だにしない。何か動きがあればすぐに相手を殺せる――そんな位置だ。
「俺の顔に見覚えはないか?」
突拍子もなかった。新手の詐欺かと思う。
カイは男の顔をまじまじと見つめた。記憶の奥底から引き摺り出す。
「あ、お前……ザルガスの兵士か? 戦場跡で会った」
「大正解っ! ども〜」
テオのため戦場跡へアルディアン・モルト持っていった日に出会った。
「まま、聞きたいことはたくさんあると思うがな、お前さんを探して野を越え山を越えて来たんだ。もてなしてくれよ。な?」
異様に馴れ馴れしい男。ザルガスとアルディアの間には山はないはずだ。腑に落ちないまま、仕方なく中へ入れる。
何が起こってもいいように近くに短刀を置いておく。
「そんなに警戒しなくても……今は敵、っていうわけでもないだろ」
「……味方でもないからな」
そりゃそうだ、と男は腹を抱えて笑った。
「俺は、ザルガスの元兵士、ヴィンだ。よろしくな、『英雄』カイ中尉」
「……はあ、軍は引退している。ただのカイだ。『英雄』と呼ばれるのは好きじゃない」
「おや、これは失敬。気をつけるよ、カイっち」
カイっち
カイは眉を歪ませながら短剣をヴィンに向けた。
「え? 不評? おかしいな……仲良くなる秘訣はあだ名をつけることじゃなかったっけ? あいつ嘘ついたのか?」
ヴィンがぶつぶつと独り言を呟いている。
「そういえば、」
ヴィンが思い出したように手を叩いた。
「ここに故テオ中尉の息子がいると聞いているんだけど、いるのか?」
「ミロのことか、いるにはいるが……誘拐でもするつもりか? 俺が許さないが?」
またもやカイの眉間に皺がよる。
それに焦ったのかヴィンは顔の前で忙しく手を振った。
「そんなことはしねえよ!! ただ気になっただけだよ!」
ヴィンの視線が一瞬鋭くなった。錯覚か――カイは首を振った。
「そうか……?」
戦った将の息子に復讐をするのは珍しくはない、が今回は違いそうだとカイは判断した。
「それで? 宿はとってあるのか?」
「ん? いいんや、そこらへんで寝ようかと」
カイは頭を抱えた。
「金は」
「持ってないぞ?」
どこまでがこの男の計画の中か分からないが、ほっておくことはできなかった。
カイの中の良心が溢れたのだ。その良心はどこから来ているのか、良心と言っていいものでも無いかもしれない。
おそらく
懺悔――
「泊まっていけ」
「いいのか?!」
ヴィンの声の跳ね上がりに、カイの胸には早くも後悔が広がる。だが、一度口にしたのであれば受け入れるべきだ。
「この孤児院は、"来るもの拒まず、去るものにも愛情を"だ。気が済むまでいればいい。だが手伝えよ。ヴィン」
ヴィンは顔をきらめかせ、飛びついてくる。大の大人が飛びついてもビクともしないカイ。
「ありがとう! カイっち!」
「カイっちはやめろ!!」
そんなカイの声も聞こえていないようだ。部屋を飛び出し、庭で遊んでいる子供たちまでかけていく。
「おーい! カイっちが泊まっていいってさ!」
「やった! お兄ちゃん、鬼ごっこしよ!!」
「よーし!分かった。俺が鬼な!」
嵌められた――カイはそう思いつつも、胸の奥に妙な温もりが広がる。不思議と、嫌な気分にはならなかった。
敵と味方。
殺られるか殺るかの世界に身を置いていた。
だが、
「憎まずにいられる。これが、人の"普通"なんだよな」
カイは外でまた遊び出す子供たちとヴィンを見ながら微笑む。
その顔を、リサ大佐やダリスが見たら驚愕するだろう。
「いい風だな」
カイの頬を撫でる風が、季節の移ろいをそっと教えてくれる。
「カイっちも! ほら早く!」
外からヴィンがカイを呼ぶ。一つ溜息をついてカイも外へ飛び出した。
「うし! やるか!!」
「じゃあ、カイさん鬼ね!」
「はぁ? ヴィンお前が鬼だ!」
「えー? おれ??」
この時まだカイは知らなかった。
ヴィンが、
なぜカイに会いに来たのか、
ミロを何故気にかけたのか。
そして、もう一人居候が増えることも、
カイの願う"日常"から大きく外れることも知らずに。
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2025年10月10日(金)18時00分
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畸人0.1号