幕間〈テオの「面影」〉
夜も深け、星が輝き出す時間。
「カイくん、一杯やらないかい?」
マリンダさんが院長室へとやってきた。手には、最近話題の酒瓶と、つまみ用の塩。
カイはペンを置き、日記を閉じると、マリンダさんに席を勧めた。
「この酒、ザルガスで作られているんですね」
「そうだね。仲良くなったもんだね」
乾杯の音が小さく響き、二人は一口飲む。
「……テオくんが好きそうな味だねえ。」
まろやかで甘い。カイはもっと辛いのが好きだ。
「そういえば」
カイが口を開く。
「テオは、初めからこの孤児院のことを知っていましたが、元院生か何かですか?」
「いいんや。あの子は――聞いたことがないのかい?」
カイは首を横に振る。
「軍内ではご法度ですし、特に気にもしませんでした」
聞く必要はないのかもしれない。だがもっとテオのことを知りたいという感情がカイの中に溢れてくる。
これは一種の"恋"ではないかと思うほどだ。
そんな思いが胸に広がり、グラスの中の酒がより、甘く感じられた。
「知りたいんです。あいつの生きた軌跡を」
マリンダさんはグラスを空け、静かに語り始めた。
「私があの子に初めて会ったのは――――
2×年前___
「先生!! ドアの前に子供が!」
ある嵐の日。轟く雷鳴。びしょ濡れの一人の男の子が孤児院の扉の前で倒れていた。
意識はない。急いで中へ連れ込む。
「お湯とタオルを早く!!」
当時にしては珍しく、その子供は拳銃を抱えていた。
酷い熱だった。体は冷え切り、額は焼けるように熱い。
何とかその日を持ち越し、二、三日経った。テオはやっと目を覚ました。
「起きたのかい。」
「あの……」
「ここは、アルディアにある孤児院さ。あたしが院長だ。お前さんは?」
「テオ……です。」
服は汚れていたが、いい生地だ。
訳あり――特別珍しい訳ではなかった。
戦時下にあるこの国ではそういう子供はたくさんいた。
「親は、どうしたんだい?」
「あの、それが……」
テオは言葉を詰まらせる。マリンダはそれ以上、追及しなかった。
「あい。分かった、好きなだけここにいるといい、仕事はしてもらうからね。いいかい?」
「は、はい!」
それから、しばらくテオは孤児院に留まった。
その間、年下の子供たちの勉強を見たり、時には年上の子供たちが質問に答えていた。
頭が良く、一つ叩けば十返ってくる、まるで鐘のような少年だった。
______
「世話を焼くとね、あの子、照れくさいように笑ってねぇ……あの笑顔は忘れられないさ」
カイも頷く。一度見れば忘れることは無い。太陽のようで、時には月になる、そんな笑顔。
「……テオの親は迎えに?」
マリンダさんは静かに首を横に振った。
「あの子は長く世話になれないと言ってね。どこかで一人暮らしをしていたよ」
「あぁ……おそらくその場所、知ってます」
昔、家に招待してもらったことがある。
「まぁ、あの子はそれ以降ここには来なかったね。だから、ミロくんを連れてきた時には驚かされたよ」
静寂が部屋に訪れる。
「今度はお前さんの話を聞こうかね。軍内でのテオくんはどうだったんだい?」
「テオは……良い奴でした軍人とは思えないほどに……」
それ以上、言葉は出なかった。
「ありゃりゃ……寝ちゃったかい。」
カイは酒に弱かった。
マリンダは窓を開け、涼しい夜風を入れる。
窓の近くに酒を一杯、グラスに注ぎ外からでも取れるようにする。
「これは、あたしには合わなかったみたいだ。ここに置いておくから飲んでおいき。」
星の光が差し込む部屋に、カイの寝息だけが残った。
テオくんへ――――
――――第一章 終――――
ここまでご閲覧頂き、誠にありがとうございます
これで第一章終了とさせて頂きます
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次回の更新は
2025年10月3日(金)18時00分
です。
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畸人0.1号