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「第十一話」《『親友』の墓参り》

「よく来たな、カイ。そして、息子くんも」


 門番に少し待てと言われ、しばらく足止めされる。やがて、リサ大佐が自ら姿を見せる。


「お疲れ様です。リサ大佐。わざわざ出てきていただかなくても」

「そうは行かないだろう。私が招待したのだから」


 カイに隠れていたミロが、一歩前に進み、声をかける。


「テオの息子のミロ、と申します。以後、お見知り置きをお願いいたします」


 予想外の丁寧さにリサ大佐は目を瞬き、すぐに頷いた。


「私は、リサだ。よろしく頼むよ。ミロくん」


 リサ大佐が差し出した手を力強く握り返すミロ。昨晩までの葛藤はどこかに置いてきたようだった。


「早速だが行こうか」


 リサ大佐に案内されるまま後ろを歩いていく。

 カイは違和感が走る。退役する前であれば、歩いていれば必ず兵士とすれ違う。

 それなのに――誰もいない。


 人とすれ違わないことにホッとしている自分もいれば、そのことに恐怖を覚えている自分がいる。背筋を伝う冷たいものに、思わず身震いした。


 どこまでも静まり返った通路に、靴音だけが響く。その音がやけに大きく感じられ、カイの喉が渇いた。



 いつの間にか、集団埋葬場の門をくぐり抜け、墓の前に立っていた。周りを見渡せば新しい墓がいくつもあった。奥へ行くほど古い時代になるが、経年劣化以外の汚れは見当たらない。


 ミロはテキパキと持ってきていた花を刺している。何度も角度を確かめ、また手を伸ばす。真っ直ぐ、綺麗に見えるまでやめようとしない。

 テオは見え方など気にしない男だった――そう思い出す。前線でも、泥だらけのまま平然と飯を食う男だった。見た目なんてどうでも良いと、よく笑っていた。


「カイさんこれ、どうしましょう。カイさん?」

「ん? あぁ」


 ミロの声で墓へ目を戻せばそこには持ってきたアルデンモルトと違う瓶が置いてあった。その瓶にはダリスの店のマークが書いてあった。


「被ったのか。そうだな、盃に入れて置いておこうか」


 二つの瓶の蓋を開け、とくとくとくと盃に次ぐ。


 ロウソクに火をつけ、線香を入れる。


 花の香りと、


 線香の煙と、


 土と、


 火薬と


 血の匂い――


 あの日の戦場の匂いが鼻を刺す。胸の奥がきゅっと締まり、吐き気が込み上げてくる。

 耳の奥で脈がどくどくと響き、頭蓋の内側にまで音が充満した気がした。


「……テオ、お前。本当に、死んだんだな」


 呟きながら、拳を握りしめる。爪が掌に食い込む。その痛みが、これは現実だということを教えている。

 墓に来る前は、どこかでのんびり生きていて、そのうちお土産を沢山持って帰ってくると思っていた。


 どこからか、ふらっと帰ってくる――

 そんなふうに思っていたのに。


「やめてくださいよ。カイさん。泣いちゃうでしょ」

「……すまん」


 それ以上、二人に言葉は要らなかった。ただただ、テオが向こうの世界でも楽しくやっていてくれればという思いだけが、その場を支配していた。


 心が、熱を持ち、寒くなる。目を閉じればじんわりと眼球が暖かかくなる。鼻をつんと痛み、視界がじわりと滲んだ。


「何故うちの子が死ななければなかなかったの!!」


 ――甲高い声が響き、ミロがびくりと肩を震わせ、カイの袖を掴んでいる。


「カイさん……」


 その指先が少し震えている。


 声の方へ目をやると、婦人が兵士に向かって叫んでいた。

 周りにいた兵士も慌てて静止に入っている。


「リサ大佐、あの方は?」

「貴族だ。息子さんが兵士として出撃したのだがそのまま戦死してな。うちの子はなぜ死んだのだと、毎日、軍へ訪れられているのだ」

「ご説明はしなかったのですか?」


 してるに決まっているだろうと肘で小突かれた。


 婦人と目が合った。

 背筋が凍りつく。

 空気がぴんと張り詰め、時が止まったかのように感じる。

 ほんの一瞬の沈黙――


 婦人の指が、カイを突き刺す。

 喉がひゅっと狭まり、息が詰まった。

 心臓が一拍遅れて跳ねる。

 指先が冷たく痺れた。


「お、お前、が!! 死ねばよかったのに!!!!」

次回の更新は


2025年9月19日(金)18時00分


です。


またのご来場お待ちしております


畸人0.1号

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