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「第一話」《『親友』の訃報 》



「プロローグ」《『英雄』の帰還》


血と硝煙で染まった姿で部下を率いてカイは英雄として故郷の土を踏んだ。

歓声が響き渡るが、その音は彼の耳には届かず、ただただ死んでいった仲間達の声がこだまし、冷たい手が震えていた――

 カイは故郷アルディアにある軍の自室に戻り、そのままベッドに沈み込んだ。

 時計の針の音のみが静寂の部屋に響いている。

 起きていたはずだった。それでも気がつけば随分と時間が経っていたらしい。軍服についた赤黒い血はこびりつき、触れてみればまるで粉のように崩れ落ちた。

 ゆっくりと起き上がり、カイはベッドに腰掛ける。机の上に置かれていた一通の手紙を手に取ったその時――ドアを叩く音がした。


「カイ中尉、国王様が式典に招きたいと仰せです。『英雄』として――」


 部下が国王の使者として告げる。


「『英雄』だ?」


 カイは顔を部下に向けず、手にした手紙を握りしめた。


「冗談だろ。俺は行かない。一人にしてくれ。」


 部下は眉を(ひそ)め、言い返す言葉を探したが、良い言葉が思いつかなかったのだろう、渋々下がっていった。

 蝋燭(ろうそく)の炎が揺れ、壁に踊る影だけを作り出す。外からは子供の声がする。


 カイはきつく握りしめていた手紙を恐る恐る開く。封を切った瞬間、胸の奥で何かが軋む音がした。

 並んでいるのは、テオの見慣れた筆跡。


 《遺言書 テオ 宛先 カイ 


 ――カイ、俺が死んだら……

 俺の息子、ミロを頼む。》


 カイの手の中で手紙に皺がよる。

 戦場で笑い合ったテオの顔が頭に浮かんでは消える。


「テオ……お前まで死にやがって」


 震える手の上に何かが滴っており、止まることを知らず、無情に流れ続けていた。


『英雄』の帰還から国中で戦勝パレードが続いている

 〈『アルディアの英雄』カイ中尉!!〉

 街の至る所にそう書かれたポスターがベタベタと貼られている。まるで“死んだ仲間たち”の上に、カイの名前だけがのしかかっているようだった。

 そんな街中を馬で駆け抜け、要塞を抜け、森を抜け、テオと生前最後に攻略した戦場跡までやってきた。

 未だ敵味方の死体はゴロゴロと転がっており回収も、葬いも終わっていない。カラスが飛び交い、死肉を啄んでいる。


「よしよし、少し待っていてくれ」


 戦場跡から少し離れた木に愛馬の手綱を結びつけておく。


「よし。いいこだ。ここに、()()()()置いておくからな。好きに食べるといい」


 軽く首筋を撫でてから、()()()()を桶に入れる。愛馬が食べ始めたのを確認し、カイは戦場跡へ足を進める。


 カイとテオは南方連合国のアルディア国の兵士だ。

 今回の戦争相手は、国境を接する国の一つ、東方同盟国のザルガス。かつては交流があった国だが、近年は絶え間ない戦闘状態だった。

 テオと共に攻略した要塞――今はザルガスの兵士を除き、国民も戻り始めているという。


「テオ……」


 この広大な戦場のどこでテオが死んだのか、カイには分かる由もない。全く違う方向から攻め込み、敵を撹乱(かくらん)させようという戦略だったからだ。

 適当にどかっと腰を下ろしアルディアン・モルトを置く。

 よく作戦を練る時に二人で飲んだ酒だ。


「……誰だ。まだ兵士の帰還許可は()りていないはずだが」


 いつ来たのだろうか。

 カイの背後には敵国の軍服に身を包んだ男が立っていた。


「撃てばいいさ。俺もここで死ねばよかったと思っている」


 やはり、この要塞にいた兵士かと警戒し、腰につけてきた拳銃に手を当てる。


「そう警戒なさんな。仲間が死んだ場所に来ただけだ。お前さんと同じだろ?『アルディアの英雄』さん?」


 敵国からも『英雄』呼ばりされ少しイラついたが敵意がないことを感じ、拳銃にかけた手を下ろす。


「だから……俺は『英雄』じゃねえ。」


 そう、吐き捨ててカイは立ち上がり戦場に背を向け愛馬の方向に向かって歩き始める。

 その背中は『英雄』と呼ばれる男とは思えないほど、小さく見えた。もう、カイが"ここ"に来ることはないのだろう。


「あれが『アルディアの英雄』か」


 ザルガスの兵士のそんな声が風に乗り、空高く舞い上がった。

 まだ戦いの火種はそこら中で(くすぶ)っているのだ。


 カイはアルディア国内に戻り、軍の自室に戻ろうと扉に手をかけた。


「カイ中尉。」


 廊下からそう呼ばれた。誰とも会いたくないのにな、と振り返る。

 そこにはあったのはカイの直属の上司、リナ中佐とガルド大尉の姿。


「はっ! 何か御用でしょうか」


 敬礼をし、大尉と中佐の方に直立する。


「カイ中尉。お前、国王様が行ってくださった式典を断ったらしいな? あ? どういうつもりなんだ? 答えてみろ!」


 ガルド大尉がいきなり詰め寄ってきた。その問いに、目線を変えずに正面を見据えたまま答える。


「許されることではないと思っております」

「聞けば? 理由はお前の同期のテオ中尉が死んだからだというではないか? 戦場で人が死ぬのは当たり前だろう。そんなことで国王様の式典を断ったのか?」


 テオの死を、"そんなこと"と片付けた――。

 カイが理解した瞬間、拳が突き出ていた。

 幸いにもリナ中佐がその拳の先を受け止めており、ガルド大尉に届くことはない距離だったが殴られそうになった当の本人は腰を抜かし、床に座り込んでいた。


「ガルド大尉、言い方というものがあるのではないか? カイ中尉も少し感情に流されすぎだ」


 リナ中佐が二人を制止する。


「申し訳ありません。」

 カイとガルド大尉の声が重なる。

 ガルド大尉はサッと立ち上がりこちらを睨みつける視線のまま、上官であるリナ中佐にはきちんと頭を下げていた。

 その姿は上には忠実、しかし己の信じる規律には一歩も退かない――まさに"軍人"だった。


「カイ中尉。テオ中尉が亡くなって大変だと思うがどうか心を強く持ってくれ」


 リナ中佐はカイの手を握り、静かに声をかける。


「……善処いたします。」


 その一言がカイにとっての精一杯の返答だった。

 リナ中佐は少し悲しそうな表情を浮かべたが、「ゆっくり休め」と言い去っていった。

 ガルド大尉は最後の最後までこちらを睨んでいたが。


 二人が去った後、ようやく自室に足を踏み入れた。カイの頭の中には、テオの姿、戦場、自分が殺した敵国の人間、先ほどのガルド大尉がぐるぐると回っている。


 ――なぜテオは死ななければならなかったのか?

 ――人を殺しておいてなぜ『英雄』と呼ばれるのか?


 なぜ――?


 疑問が頭の中で渦を巻き、消えない。


「はあ……」


 カイの窓からは街が見える。そこで笑い暮らしている国民の姿も。きっと敵国の国民も同じような生活をしていたというのに。


「俺は……『英雄』じゃない。ただの――」


 人を殺しておいて讃える――

 それは――


「ただの、人殺しではないか。」



次回の更新は


2025年7月11日(金)18時00分


です。


またのご来場お待ちしております


畸人0.1号

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