Variation VIII
文化祭まで、あと一週間。
校内は、まるで音楽の渦だった。
廊下では即興セッション、教室では衣装合わせ、ホールではリハーサル。
音楽科の文化祭は、まさに“祭り”だ。
「響ー! 俺、バンド組んだ!」
陽翔が、ドラムスティックを振りながら駆け寄ってきた。
「え、バンド? 打楽器専攻なのに?」
「だからこそだよ! リズム隊の魂、見せてやる!」
彼は、ギター科の仲間と即席バンドを組み、文化祭でオリジナル曲を披露するらしい。
そのテンションに、俺はちょっと圧倒されつつも、羨ましくもあった。
「響は、ピアノソロで出るんだろ? 何弾くの?」
「……変奏VIII。ゴルドベルクの中でも、ちょっと派手なやつ」
「おお、いいじゃん! あの跳ねるリズム、観客ウケするぞ!」
陽翔はそう言って、背中を叩いて去っていった。
その夜、俺は音楽室で変奏VIIIを練習していた。
この変奏は、装飾音が多く、技巧的で華やか。
でも、弾いているうちに、ある「違和感」に気づいた。
「……この部分、何か変だ」
右手のパッセージの中に、妙に浮いている音がある。
それは、旋律の流れを断ち切るように、ぽつんと存在していた。
俺は、楽譜を見直した。
そして、気づいた。
その音
――「F」の音が、繰り返し、微妙な位置で挿入されている。
「……これ、隠された旋律?」
F音を拾っていくと、まるで別の旋律が浮かび上がる。
それは「アリア。玲音の心を揺らす旋律」の冒頭に似ているようで、でも違う。
まるで、誰かが“もう一つの旋律”を、変奏の中に埋め込んだようだった。
俺は、鍵盤に指を置いた。
F音を軸に、旋律を再構築してみる。
すると――
静かで、切ない旋律が、浮かび上がった。
「……これって、誰の音?」
その瞬間、頭の奥に、微かな記憶がよぎった。
幼い頃、母が口ずさんでいた子守唄。
それに、似ている。
変奏VIIIの華やかさの裏に、隠された「記憶の旋律」。
俺は、楽譜を閉じた。
そして、心に決めた。
文化祭では、この旋律を「俺の音」として、届ける。