Variation VII
午後の公園は、やわらかな風が吹いていた。
文化祭まであと二週間。
共演の練習も、いよいよ本格的になってきた。
だけど今日は、音楽室ではなく
――外に出ることにした。
「……たまには、外で曲のイメージ膨らませるのも、悪くないかなって。べ、別にデートとかじゃないけど……」
玲音は、少し照れたように言った。
その声は、いつもより少しだけ柔らかい。
「うん。俺もちょっと気分転換したかったし、自然の音って、意外とヒントになるんだよね」
「……きたいしてるからね」
池のほとり
――水面がきらきらと揺れる。
軽快で、少し跳ねるような風のリズム。
でも、どこか不安定で、揺れる。
俺たちは、ベンチに腰かけて、楽譜を広げた。
心の中で、ピアノとヴァイオリンが軽やかに絡み合う。
まるで、心がステップを踏むように。
でも――
途中で、玲音が視線を落とした。
「……ご、ごめん。ちょっと……集中できないかも」
「どうしたの?」
玲音は、目の前の景色をぼんやりと見つめた。
「おじいちゃんのこと……最近、いろいろ思い出しちゃってて……」
「宗一郎先生のこと?」
「うん……小さいころは、すっごくやさしかった。でも、ある時から急にきびしくなって……『音楽は感情じゃない』って、なんども言われたの」
玲音の声は、少し震えていた。
「でもさ、響の音を聴いてると……なんか、心が動くの。おじいちゃんが否定してたものなのに……」
「……玲音は、祖父の音楽をどう思ってる?」
「……わかんないよ。尊敬はしてる。でも、ぜんぶを信じきれるわけじゃない……」
俺は、そっとスマホを取り出して、変奏VIIの旋律を再生した。
玲音は、少しだけ遅れて、目を閉じて聴き入った。
音が、揺れながら重なる。
まるで、心の不安定さをなぞるように。
「……響」
「うん?」
「私ね、響といっしょに演奏してると……『音楽って、こういうものなんだ』って、思えるの」
その言葉に、俺の心が跳ねた。
「俺も、玲音の音があると、迷わない気がする」
風が、静かに吹き抜ける。
それは、二人の心が少しずつ近づく、揺れるステップだった。