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ゴルドベルグ変奏曲  作者: ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
6/10

Variation V

「先輩、またその音、迷ってますね」


いきなり背後から声をかけられて、俺は思わず鍵盤から手を離した。

「……美琴みこと ?」


振り返ると、そこにはピアノ科の後輩、九条美琴くじょう みことが立っていた。

制服の袖をまくり、楽譜を小脇に抱えた姿は、相変わらずクールで毒舌。


「変奏V、技巧的なのに、先輩の演奏は“感情”に寄りすぎです。もっと構造的に弾いてください」


「……いや、俺なりに表現を――」


「それが『迷い』って言ってるんです」

言い方がキツい。


でも、彼女の演奏は、確かにすごい。


小柄な身体からは想像できないほど、鍵盤の上での指の動きは鋭く、正確で、そして美しい。


「……変奏V、もう弾けるの?」


「当然です。昨日の夜、初見で通しました」


天才肌。しかも、ちょっと腹立つ。


「でも、先輩の音は……嫌いじゃないです」


「え?」


「感情が乗りすぎてて、構造は崩れてるけど……それでも、心に残る音です。だから、気になります」


その言葉に、俺は少しだけ動揺した。


玲音れいん先輩との共演、楽しそうですね」


「……まあ、いろいろあって」


「ふーん。ライバルって、燃えますよね」


美琴みことは、いたずらっぽく笑った。

その笑顔は、玲音れいんとは違う種類の“挑戦”だった。


その後、俺たちは音楽室で変奏Vを一緒に弾いてみた。


技巧的なパッセージが、鍵盤の上を駆け抜ける。

美琴の指は、まるで旋律を“支配”しているようだった。


「……すごいな」


「でしょ? でも、先輩の音も、嫌いじゃないです。……だから、もっと上手くなってください」


その言葉は、挑発でもあり、応援でもあった。


変奏Vの旋律が、軽やかに、でも鋭く響く。

それは、俺と美琴みことの関係の「第一音」だった。

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