Variation IV
文化祭の準備は、いよいよ本格化してきた。
音楽科の廊下は、楽器の音と笑い声で満ちている。
でも、俺の心は、少しだけざわついていた。
変奏IV
――舞曲的なリズム。
軽やかで、でもどこか不安定。
まるで、誰かの心が踊っているような旋律。
「響ー! ちょっと来て!」
呼び止めたのは、陽翔だった。
打楽器専攻の親友。いつも明るくて、ノリがいい。
でも、今日は少しだけ、真剣な顔をしていた。
「玲音と、最近よく一緒にいるよな」
「うん。文化祭の共演があるから」
「……そっか。いや、別にいいんだけどさ」
陽翔は、少しだけ目をそらした。
「実はさ、俺……中学のとき、玲音に告白したことあるんだ」
「……え?」
思わず、言葉を失った。
「結果は、まあ、玉砕だったけどな。『音楽に集中したい』って言われて」
陽翔は、笑ってみせた。
でも、その笑顔は少しだけ痛々しかった。
「今はもう、吹っ切れてる。響のこと、応援してるし」
「……ありがとう。でも、俺もまだ、よくわかってない」
玲音の気持ち。
俺の気持ち。
そして、陽翔の気持ち。
全部が、少しずつズレて、でも重なっている。
まるで、舞曲のステップみたいに。
その夜、俺は音楽室で変奏IVを練習していた。
軽快なリズム。でも、どこか不安定。
指が鍵盤を跳ねるたびに、心が揺れる。
「……ひ、響」
玲音が、静かに入ってきた。
「は、陽翔と……話したの?」
「うん。……玲音は、あのとき、どう思ってた?」
「……陽翔のことは、す、好きだったよ。でも、それって『恋』じゃなかったと思う……」
玲音は、ピアノの隣に座った。
「響の音を聴いてると……なんか、心が揺れるの。むかしから……ずっと、ね」
その言葉に、俺の心が跳ねた。
でも、まだ答えは出せない。
陽翔の気持ちも、玲音の気持ちも、俺の中で踊っている。
変奏IVのリズムが、静かに流れる。
それは、恋の駆け引きと、友情の揺らぎを奏でる旋律だった。