Variation III(Canon at the Unison)
音が、重なる。
玲音のヴァイオリンと、俺のピアノ。
変奏III――カノン・アット・ザ・ユニゾン。
同じ旋律を、同じ高さで、少しずつずれて模倣する。
まるで、俺たちの心が、少しずつ『同じ場所』に近づいていくようだった。
「……い、いいかんじじゃない?」
玲音が、珍しく笑った。
その笑顔に、俺の心臓が跳ねる。
「うん。なんか、昔みたいだな」
「むかし? ……そ、そうかもね」
「中学の頃。よく一緒に練習してたじゃん。あの頃の方が、息合ってた気がする」
「でも、今のほうが……音がふかいっていうか……なんか、ひびく……」
玲音の言葉に、俺は少し驚いた。
彼女は、昔よりもずっと感情を音に乗せるようになっていた。
そのとき――
「響、ちょっといいか?」
音楽室に入ってきたのは、城之内先生だった。
手には、古びたノート。
「これ、篠原宗一郎の手記らしい。遺品の中に紛れてた」
俺はノートを受け取り、ページをめくった。
そこには、手書きの譜例と、断片的な言葉。
『模倣は、記憶の再生である』
『彼の旋律は、私の中に生きている』
『同じ旋律、同じ魂――私は、彼であり、彼は私だ』
「……これって」
「『彼』って誰のことだと思う?」
先生の問いに、俺は言葉を失った。
玲音の祖父
――篠原宗一郎。
俺の父
――一ノ瀬奏人。
どちらも、天才的な作曲家だった。
でも、俺の父は、俺が幼い頃に亡くなったはずだ。
なのに、宗一郎の手記には、まるで“同一人物”であるかのような記述がある。
「……まさか、そんな」
「可能性は低い。でも、音楽の世界では、名前を変えて活動することもある。特に、過去を隠したい理由があれば」
俺は、楽譜を見つめた。
変奏IIIのカノン。
同じ旋律が、少しずつずれて重なる。
それは、まるで――記憶の模倣。
過去と現在が、同じ旋律で繋がっているような感覚。
「ひ、響」
玲音が、静かに言った。
「もし、わ、わたしのおじいちゃんが……響のお父さんだったら……どうする……?」
「……わからない。でも、音楽が繋いでくれるなら、俺はその旋律を信じたい」
俺たちは、再び演奏を始めた。
カノンの旋律が、静かに、確かに、重なっていく。
それは、俺たちの記憶と、家族の秘密が奏でる、最初の『模倣』だった。