Variation II
文化祭の準備は、思った以上に騒がしい。
音楽科の生徒たちは、演奏会のリハーサルに、展示の構成に、衣装の打ち合わせにと、てんやわんや。
俺も、玲音との共演に向けて、変奏Iの練習を重ねていた。
そんなある日――
「響くん、ちょっといい?」
声をかけてきたのは、玲音の親友、橘ひよりだった。
声楽専攻。明るくて、ちょっとお姉さんっぽい雰囲気。
玲音とは対照的に、感情表現が豊かで、恋バナが大好きなタイプ。
「玲音と、最近よく一緒にいるよね?」
「え、まあ……文化祭の共演があるから」
「ふーん。じゃあ、玲音の『初恋』の話、聞いても平気?」
唐突すぎる。
俺は思わず、楽譜を落としかけた。
「え、初恋って……誰?」
「それはねー……」
ひよりは、いたずらっぽく笑って、俺の耳元にささやいた。
「響くん、だったんだよ」
……え?
頭が真っ白になった。
心臓が、変奏IIのリズムみたいに跳ねる。
「中学の頃、玲音が言ってた。『響のピアノが好き』って。演奏してるときの顔が、いちばん好きだって」
「……そ、そんなの……」
知らなかった。
いや、気づいてたのかもしれない。でも、見ないふりをしてた。
「今はどうか、わかんないけどね。最近、ちょっと距離あるし」
ひよりはそう言って、俺の楽譜を覗き込んだ。
「あれ? この変奏、ちょっと変じゃない?」
「え?」
彼女が指差したのは、変奏IIのリズムパターン。
三連符の中に、妙な『休符』が挟まれていた。
「これ、普通の譜面じゃないよね。……あ、これ、『日付』かも」
「日付?」
「うん。リズムを数字に置き換えると、『10・2・5』になる。10月25日?」
俺は、楽譜を見つめた。
確かに、三連符の配置が不自然で、数字に見えなくもない。
「その日、何かあった?」
「……わからない。でも、何かが隠されてる気がする」
変奏曲に仕込まれた「日付」。
それは、作曲家
――玲音の祖父が残した、何かのメッセージかもしれない。
そして、玲音の“初恋”という言葉が、俺の心に残った。
彼女のヴァイオリン。
俺のピアノ。
そして、変奏曲の旋律。
すべてが、少しずつ「変奏」されていく。