表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴルドベルグ変奏曲  作者: ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
2/13

Variation I

文化祭――それは、音楽科高校における一大イベント。


演奏会、展示、即興セッション。

普段は真面目な音楽バカたちが、ここぞとばかりに『魅せる』場だ。


「一ノいちのせくん、篠原しのはらさんと共演してみないか?」

城之内先生の提案に、俺は思わず固まった。


「え、えっと……俺と、玲音れいんが?」


「うん。ピアノとヴァイオリンで、ゴルドベルグ変奏曲の一部を演奏してみてはどうかな」


無理だ。絶対無理。

玲音れいんとは、今ちょっと距離がある。いや、ちょっとどころじゃない。


中学までは毎日のように一緒に練習してたのに、高校に入ってからは、ほとんど話してない。

でも――


「……いいよ。やってみる」

口が勝手に動いた。


先生は満足げに頷き、俺に楽譜の束を手渡した。


「これは、君が見つけた『あの楽譜』のコピーだ。変奏Iから始めてみよう」

俺はその楽譜を受け取り、ページをめくった。


変奏I――軽快な三連符が特徴の、明るく華やかな変奏。

でも、そこには奇妙な“記号”が書き込まれていた。


「……これ、何だ?」

五線譜の隅に、小さな三角形と、アルファベットの“R”。


手書きで、しかも微妙にかすれている。

まるで、誰かが「隠した」ような印。


その夜、俺は音楽室でその変奏を練習していた。

鍵盤の上を指が滑る。三連符のリズムが、少しずつ身体に馴染んでいく。


そこへ、静かにドアが開いた。


「……ひ、ひびき

玲音れいんだった。


黒髪を揺らしながら、彼女はゆっくりと歩いてくる。

ヴァイオリンケースを抱えた姿は、昔と変わらない。


でも、目が合った瞬間、俺の心臓が跳ねた。


「きょ、共演するんでしょ? ……れんしゅう、付き合ってあげる」


「……うん。よろしく」


ぎこちない。

でも、どこか懐かしい。


俺たちは、変奏Iの冒頭を合わせてみた。

ピアノとヴァイオリンが、軽やかに絡み合う。


でも、途中で、玲音れいんの弓が止まった。


「……この記号、見た?」

彼女が指差したのは、俺が気づいていた“R”の印。


「うん。何だろうね、これ」


「おじいちゃんの楽譜にはね、たまにこういう『暗号』みたいなのがあったの。意味は……誰にも教えてなかったけど」


暗号。

音楽に仕込まれた、何かのメッセージ。


俺は、楽譜を見つめながら思った。

この変奏曲は、ただの音楽じゃない。


何かが、隠されている。


そして、それは

――俺の過去にも、玲音れいんの家族にも、関係している。


「……ひびき

玲音れいんが、ぽつりと呟いた。


「ひさしぶりに、こうしていっしょに演奏できて……ちょっとだけ、うれしい……かも」

その言葉に、俺の心が跳ねた。


「俺も……嬉しいよ」


変奏Iの旋律が、静かに流れ始める。

それは、俺たちの関係の『第一変奏』だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ