text8:黒猫に捧ぐ楽譜
【それから一週間後、PM:22:00/アジト・リビング】
部屋は薄暗く、カーテン越しの街の灯りがソファに影を落とす。
暖房の低い音と、タブレットを操作する指先のタップ音だけが静かに響く中で美琴はパーカーの袖口をくしゅっと握りながら、
画面をじっと見つめていた。
“今日の通信記録”
“次の出撃予定”
“チョコレートの在庫”
“天気予報”
どれも大事だけど、いまはどれも、ちょっとだけどうでもよくて。
……ふ、と。
後ろから、床板がぎし、と微かに鳴った。
「……起きてたのか。」
低く、掠れた声――ツヴァイ。
いつの間にか傍にいて、湯気の立つマグカップを片手に立っていて
「……まだ寝てねぇのか。」
ほぼ同時に、反対側から重めの足音――アルファ。
タンクトップ姿のまま、タオルを首に掛けて髪を軽く拭きながらリビングへ入ってきた。両側から静かに座る気配。
ソファの弾み。暖かい体温。
ふたりが、自然に「いつもの位置」に収まってくる。
「・・・ん~・・・ヤタガラスからご依頼がね~・・・」
もそもそとタブレットを傾けて二人に見せると、ツヴァイはマグを口に運びながら、ちらっと横目でアルファを見た。
「……また“怪しい依頼”じゃねぇだろうな。
この前の“地下施設の怪異調査”は、ガチの呪物絡みだったからな?」
ツヴァイの言葉にアルファは美琴の膝の上にタオルを投げ低く呟いた。
「……依頼内容、短く言え。三行で。」
その言葉に猫葉は静かに内容を読み上げる
「え~と……情報提供者保護任務”、あと、高級チョコレート支給あり。」
「……最後の一文が“お前を釣るため”にしか見えねぇ。」
「……っていうか、俺の顔見て言ったよな、今。」
「んふふ、でもさ~、
ヤタガラス支部のほう、“うちの三人が動けば確実”って言ってるらしいよ?
ね、ほめられてるよ?これ。」
美琴の笑みに、ツヴァイとアルファは互いに顔を見合わせてため息を吐く。
「……チョロいな、俺たち。」
「でも、行くんだろ?……お前が言うなら。」
その言葉に美琴は指先で操作したタブレットをふたりの間に差し出す。
【依頼内容:とある人物とデウスロイドの保護】
【依頼主:大和独立党代表:霧島】
「・・・・はぁ!?」
「・・・おい、依頼主の名前・・」
「・・ガチ中のガチ案件だぞコレ。」
依頼主の名前に美琴たちは驚きの声を上げ顔を見合わせた。
大和独立党。現在の日本政府野党であり現政権にとって目の上のたんこぶであろう政党である。
先の大戦後、強国三社の傀儡となった政権を崩壊させ、日本がふたたび独立国家として認められるようにする。掲げて動いており、若き政党代表である霧島直真の人望と本気で国を憂い日本を再び国民主体の豊かな国として取り戻すべく日々活動を続ける姿に多くの賛同者や支持者を増やしてきた。
なにより、彼が掲げている【とある法案】が確立されれば・・人間とデウスロイド/マキナロイドにとって現在の常識や認識が覆るような事が起きる。そのため霧島の周りには大勢のSpなどが守りを固めているのだ
「・・で、その霧島代表が保護してほしい人って??」
首をかしげる美琴に、ツヴァイが書かれている内容を読む
「・・・私の恩師、東雲龍樹氏の孫娘である東雲要と彼女のデウスロイドを無事に保護し、我々の管轄下まで護衛していただきたく。・・だとさ」
「・・・・東雲龍樹??どちらさん??有名な人?」
美琴の言葉にツヴァイは腕を組み少しだけ目を細める
「・・元々はクラシック関係の音楽家だったが、大戦後前線に送られた人物だな。・・・そこで見た悲惨な現状やデウスロイド達の扱い、傀儡となっていく日本国を憂い。大戦終了後に無所属で出馬して議員になり、大和独立党を立ち上げ・・・日本を再び独立国として取り戻す活動と・・【デウスロイドやマキナロイドに人権を与える】法案を確立させようとしていたらしいな・・」
ツヴァイの言葉にアルファも渋い顔で答える。
「だが・・それを指くわえて見てるほど強国や三社は馬鹿じゃねぇ・・・東雲氏が60代の頃、偶然暴走したトラックの事故に巻き込まれて他界・・・そして今回の依頼が。その孫娘とデウスロイドの護衛ってことは、ただの孫じゃねぇな。」
また、ファイルには1枚目の写真が付与されており、そこには17歳くらいの少女と一人の男性・・デウスロイドが写っていた。
「東雲要・・・・デウスロイド、朔・・・・見たこと無いな・・・プロメテウス社製?ヴィクター?」
首をかしげる美琴にツヴァイもタブレットを見つめる。
【対象:東雲要&デウスロイド・朔】
《※NEST内・機密参照コード:EATER_NOCTURNE》
・ー・ー・ー・ー・ー・:・ー・ー:
「……この雰囲気、プロメテウス社じゃねぇな。人としての穏やかさ”が強すぎる。もしこれがプロメテウス製なら、“もっと管理されてる顔”してるはずだ。」
ツヴァイと同じく、アルファもタブレットを見つめながら腕を組み
「……朔の目つき、やわらかすぎる。
あれは“武器”として鍛えられた目じゃねぇ。“聴く者”の目だ。
……多分、ヴィクターでもない。」
「んー・・・・詳しいことはわからないけど・・まぁ、会ってみなきゃわからない、かな?」
美琴の言葉にツヴァイは口元だけで笑う
「……了解。なら、全力で護衛任務やらせてもらうさ。
“女神の命令”だ、従わねぇわけがねぇ。」
アルファもガントレットをはめながら答える。
「要と朔――二人とも、壊れたらもう元には戻らねぇ。
なら、“壊す前に、誰も触れさせない”。
お前の命令は、何よりも優先する。」
【出撃までのカウントが始まる】
5分後、三人は夜のNESTを飛び立ち、纏う殺気が静かに夜風に流れた。