TEXT53:Scylla
ーー 同時刻:六本木地下施設某所【ヴィクターグループ日本支部】
「薄汚く地下を這いまわり私のキャリアを汚そうとするウジ虫どもが・・・」
薄暗い地下施設、大型モニターの前でスーツ姿に白衣を羽織った神経質そうな男は忌々し気につぶやき手元のタブレットにコマンドを打ち込んだ。
ーー ヴィクターグループ創始者、ヴィクター・ベルンハルト。
第三次世界大戦後の荒廃した世界にて人類の発展と復興に貢献し、そして世界三大企業の一角までのし上がった実力者である。
そう、彼の中でキャリアこそが己の価値と人生そのものなのだ
さて、ここで少し彼の生い立ちを話すとしよう
彼は元々ごくごく普通の医者の家系に長男として産れた。・・・ここまで見ればただの成功者の話に見えるだろう。ーーーー ここまで見れば
しかし、生真面目な職業や名門の家柄であればあるほど、その歪と言うものはさらに肥大化していくもので、彼自身もそう考えれば被害者だったのかもしれない。
ーー 彼が人間に・・・しいては【女性】と言うものをこの世の最も悍ましく憎むべき存在としてその形を確約させた原因の背景には、実の母の存在があった。
確かに、父は高名な医者であり多くの人から愛されるような存在だった。もはや助かる見込みなどないと匙を投げられた患者さえも見捨てずに手を差し伸べ、その消えかけた命の灯に火をつけた父を多くの人々は名医として尊敬した
ーーー そう、表向きは
しかし家庭に帰れば父は母を煙たがり、いつしか他の女の元へと足げなく通うようになっていったのだ。
そしてもちろん、そんな母の矛先は息子である彼に向いてしまったのだ
テストで高得点を取らねばキツイ仕置きがあった。母の顔色を窺い媚びへつらいながら生きていかねばいけない、そんな悍ましい毎日が過ぎていった
そして、彼が18になった夜。
ーー 正気を失った母は、母であることを辞めて女になった
「・・・・くそっ」
脳裏にその光景がフラッシュバックし思わずポケットにしまっていた携帯用消毒スプレーを自分に振りかける。何度、何度あの悪夢に苦しめられたことか
自分の体を這う女の手や舌の感触が、あの目が、あの感覚が
・・・その後、ヴィクターが20歳の春に母は父を殺して自分も死んだ。
ざまあみろ。ようやく死んだか。
彼の脳裏に浮かんだ言葉はただその2つだけだった。
それ以降、彼は医学の道からさらに離れた【生物兵器】の実験に取り掛かった。細菌兵器、生物兵器。生かす道から殺す道を選び、彼は己のキャリアのためだけに人生を費やしてきたのだ
そして、今の地位にいる
・・・だからこそ、この地位を脅かそうとする者は誰であろうと徹底的に排除しなければならないのだ
たとえそれが、天使喰らいと言う得体のしれない物であろうと
「ーーー スキュラを発動させる。私に歯向かったその罪を思い知らせてやらねば」
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夜の帳が降りたNEO六本木。数多くの高級クラブが立ち並ぶ一角、そこに少し古臭いながらも玄関先に赤い絨毯がひかれ、内開きタイプの豪華な装飾が施されたドアには【welcome】と書かれた金のプレートが取り付けられた店が静かに佇んでいる
―ーーー 高級クラブ、【Re:verb】。
まだ開店前だからか店の中は少し薄暗く、紫と藍色のネオンライトが交差し、スモークの中に微かに香水とオゾンの匂いが混じっている。
足元のガラスの床にはいつものように、光る電子文様の下、無数のデータコードが川のように流れていて。時折、ギミックなのか魚のホログラムがゆらりとデータコードの川を静かに泳いでいった
「・・・・・遅いですね。オーナー・・・」
一人、赤いドレスを身にまとい白銀の髪を靡かせながらアルバは店内の開店準備をしている最中だった。今から1時間前、「お嬢を迎えに行ってくる」と店を出たっきり、マックスはまだ戻ってこない。
「何もなければ良いのですけど・・・」
そう誰に言うまでもなく呟き、ふとアルバの記憶データにあの夜の客の姿がよぎった
ーーー 美琴とツヴァイ
人間とデウスロイド
種族は違えども確かに幸せそうなあの二人がどうしてもデータから消えなかった
ー ・・ウチのマスター様曰く・・・感情をバグだと言うなら人間だって似たようなもの、なんだそうだ・・まぁ、むしろ人工生命(俺たち)よりも人間のほうがもっとえげつないだろうけどな ー
「・・・・・・」
ー ・・・アルバさん・・いや、アルバ。君の“自由”を決めるのは、会社の命令でも、プログラムでもない。アルバ自身が選んでいいんだよ? ー
・・・良いのだろうか。そんな事が許されるのだろうか
でも
ーーー もし、許されるなら
「ーーーー 私は。」
そう、言いかけたその時だった
「・・・・っ!?」
体に危険なパルス信号が走る、体に痛みと物凄い熱が走り出した
「あ、、、あ、・・a・・・Aあぁあ・・・」
記憶データに靄がかかる、赤い霧のようなものが思考を取り込んでいく
【排除せよ】
【敵を排除せよ】【敵を惨殺せよ】【敵を抹殺せよ】
【DELETE】
DELETEせよ、DELETEせよ、DELETEせよ、DELETEせよ、DELETEせよ、DELETEせよ、DELETEせよ
「アルバ~♪」
その時、店のドアが開かれ、いつものように廻が入ってきた
ああ、どうして
今来てはいけないのに
「アルバ、今日はアルバに渡したいものがーーーー」
その瞬間。廻の脇腹付近を鋭利な何かが貫いた
ーー これは、何なのだろうか
靄のかかっていく思考の中で数分間考え、それがやっと歪曲した鎌のような自分の足であると言うことがやっとわかった
「ーーーーー 廻」
おねがいです
おねがいだから
にげて
「ーーーーー アルバ!!!!!」
数分の誤差で、美琴達が店のドアを蹴り破り中に突入した。歩いている最中に「胸騒ぎがする」と必死な表情で走り出したフランチェスカの後を追いかけて来たのだ
そうして、目に飛び込んできた光景は
「廻くん!!!」
赤い絨毯に倒れ伏して苦し気に唸る廻の姿と
「コイツは・・・・」
「そんな・・・お父様・・・なんで・・・・」
店の天井、証明器具を足場にしてこちらを見つめる変わり果てたアルバの姿だった。
白く美しい肌からは目を背けたくなるような金属片がむき出しになり、変形した手や足はまるで獰猛な犬や蜘蛛のようになり
その姿はまるで、ギリシャ神話に登場する怪物【スキュラ】のようだった。




