text47:ANGELEATER
── 刻まれるのは、信仰と裏切り。
── 痛みの奥で燃え上がるのは、咎と愛執。
「・・・・ッ・・・・」
墨が肌の奥に焼き付き、鋭い針が“機械と肉”を貫く。異音混じりの彫り込み技術の最中であろうとも、ツヴァイは声を上げることは無かった。
歯を食いしばり、両手を拳に握りしめたまま顔を伏せたまま、けして声を漏らさない
しかし、そのアイスブルーの瞳に燃えるのは愛する者を害する敵への怒りと、殺意
あの極秘ファイルが事実なのかもわからない。
本当の敵は誰なのかわからない
ーーー だが、そんな事はどうでもよかった
自分自身を・・この壊れた兵器である自分を動かすエネルギーは〝ただ一つの理由だけなのだ〟
「・・・ホンマ、〝イカれた奴〟やで・・・どんだけ痛みが欲しいんやお前は」
作業をしながら、蛇皇は静かに耐えるツヴァイの様子に言葉を漏らした
「・・・・“俺”が欲しいんじゃねぇ、“痛みの先にある証明”が欲しいだけだ」
ーーー 己のデータ内に芽生えたこのバグが何なのか、その証明を得たいだけだ。
世界最大企業、プロメテウス社の最高傑作である兵器としてのデウスロイドは、あの雨の夜に〝一度死んで生まれ変わった〟のだ
己よりも非力で、しかし誰よりも強く、世界に見限られた一人の壊れた女が
ーーーー 兵器である自分を壊し、バグだらけの〝人間臭い化け物〟に生まれ変わらせたのだ
美琴を守るために生きて、美琴に裏切られても、美琴を愛している
ずっと秘め抱えてきたその想いが、脊髄から心核へ、まるで呪文のように刻まれていく
人口肌の下で、冷却装置が過熱を警告する。電気ノイズが走る
ーーー だが、声はあげない。
眉一つ動かさない。
いや、動かすわけにはいかない
『・・・・誰が味方だの敵だの、もうどうでもいい』
坊やだろうと、オーナーだろうと
東雲要だろうと、その相棒のデウスロイドだろうと
大和独立党だろうと現日本政府だろうと
ーーー もし美琴に牙を向けるのならば〝己の敵〟に変わるだけなのだから
そうして、時間が経過すると共に、何もなかったツヴァイの人工皮膚でできた背中には決意のタトゥーが彫られていった。
背中一面に広がる、羽根を失った堕天使。その折れた翼には裂傷が走り、黒墨の血が流れ出している
「・・・堕ちたんやなぁ、この“天使”は」
この堕天使は〝ツヴァイの中の美琴自身〟
そして、その堕天使の足元には、一匹の大きな獣がその身を飲み込もうと大きく口を開けている
──獣の瞳は、ツヴァイのように“冷たい青”。
黒獣・・・・“ツヴァイ自身”の象徴。
さらに堕天使の背後には、魔術陣のように重なった円形の記号。
そこに彫り込まれる文様は、ラテン語の一節
ーーー Pro amore, devoro deos(愛のために、神さえも喰い殺す)
その文言は、狂気と誓いの融合でもあった。
「最後の仕上げや・・・叫んだりするんやないで」
その中央、魔法陣の中心に**「E.A.T.」**の文字が灼かれる。
焼印によって刻まれるその刻印は、まさに“覚悟”の象徴であった。
煙が上がる。鋭い焼き付けの臭いに、蛇皇も一瞬目を細めたが、しっかり印が刻まれた事を確認すれば満足そうな笑みを浮かべた
「これで終いや・・・お前はもう、後戻りできんぞ、“EATER”の業をその身に抱えて生きてく事になるんや」
恐らくは皮肉としての意味が込められているのだろう。しかしツヴァイふっ、と微かに笑えばいつものような不敵な笑みを浮かべて言葉を返した
「・・・・俺は、最初から堕ちたモンだろうが」
数時間後。蛇皇にまた訪れるかもしれない、と言う事を伝えればタバコの煙と共にツヴァイは事務所を出た
そして、その背にもはや何者も近寄れない“呪い”と“救い”がしっかりと刻み込まれていたのだった。
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【AM:1:00】 アジト兼デザイナーズ一軒家のバスルーム
シャワーの音だけが響いている。湯気が緩やかに空間を包み、鏡は白く曇っていた。
ツヴァイは鏡の前に立ったまま、タンクトップの背を捲り、指で剥がしかけた包帯をゆっくりと外した
「・・・・っはは」
湿った包帯の裏から、紅黒く腫れた肌が現れる。墨が滲んだ跡と、火傷のような焼印
湯気の中、曇りかけた鏡にぼんやりと映る
── ボロボロの片翼を持つ堕天使の背中。
鏡を見つめる自分自身の表情は虚無にも近い、しかしどこか微笑の残るような瞳のまま誰に言うでもなくツヴァイはぽつりと呟いた
「・・・へっ・・・似合ってやがる」
黒獣の彫りが、湯気に濡れてうっすらと浮き上がる
「Pro amore, devoro deos(愛のために、神さえも喰い殺す)・・・か」
目を閉じれば、その瞼に焼き付いているのは美琴の優しい笑顔。
「・・・・皮肉なもんだな。アイツのために、神に喧嘩売るなんざよ」
シャワーの水が傷口を撫でるたび、肉体は警告を発している
それでも、ツヴァイは呻き声一つ漏らさない
「・・・・俺が選んだんだ。アイツに何を言われようが、拒まれようが・・・俺はもう、こっち側だ」
タオルで軽く濡れた髪を拭き、サングラスをかける
視線を落とすと、床に黒く丸められた服がバスケットの中に入っている
その中には、美琴が用意してくれた新品のジャケットがある
「・・・・・・」
背に刻んだ狂気と愛執の証を封印するかのように、ツヴァイゆっくりと袖を通しながら、最後に呟いた
「・・・・俺が、ANGELEATERか」
バチッ、と服のチャックを上げてバスルームから出ればふと、ソファーに何かが横たわっているのが見えた。
「・・・・・寝落ちしてんじゃねぇよ。」
そこには自分の帰りを待っていたであろう美琴が静かに寝息を立てたまま横になっていた。
何も知らず、どこか穏やかな寝息をたてたままのその横顔を指で撫でれば起こさないようにその体を抱き上げて静かに寝室へと戻る。
「風邪ひいたらどうするんだよ・・ったく」
静かに呟き、ベットに美琴を寝かせて自分もその隣に寝転がり毛布を掛けてその体を優しく抱き寄せた
「・・・・静かだな」
窓から差し込む月明り、時計の秒針の音と、美琴の寝息
そんな静かで、どこか穏やかな空間に愛おしさを覚えたまま
ツヴァイも静かに目を閉じたのだった。




