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ANGEL EATER  作者: 平藤夜虎
ヴィクターグループ編
44/47

text44:隠されていた闇

店内の明かりが静かに落とされると、ジャズピアノの音色と共にステージでアルバが歌い出し、店内が幻想的な光と音で包まれる。


その様子を取り付けられた窓でVIP席のソファに座りながらマックスはタバコに火をつけ、煙をふっと吐いた


「・・・いい声してるだろ。あれな、単なる合成音声じゃねぇ。“感情波形”が乗ってる」


「・・・だろうな。あの響き、人工的じゃねぇよ」


マックスの言葉にツヴァイが静かに言葉を返せば右手に持ったグラスを静かに揺らした。その隣で美琴もステージ上で歌を歌うアルバを静かに見つめ、彼女の歌声に静かに耳を傾けていた。



ーー その時だった



「・・おやおや、まさかのお二人さんが居るとは・・ちょいと不用心すぎやしないか?相棒」


突如聞こえた第三者の声に、美琴とツヴァイがマックスの方へ視線を移せばそこにはいつの間にかもう一人の影が滑るように現れていた。



背筋の伸びた黒髪の男。マックスより若く、鋭い目つき。肩に掛けたコートから覗くのは無骨な装備と、改造された狙撃銃。


「紹介するぜ。俺の相棒のカスパールだ」


「!・・い、いつからそこに?・・」


「・・マックスにカスパール・・・あぁ、なるほどな。それで()()()()()ってわけかい。」


ツヴァイは美琴を庇うように、自分の背に隠せば二体のデウスロイドを見る。カスパール自身も穏やかな・・紳士的な雰囲気ではあったが、その態度の裏には獣のような警戒が滲んでいた




魔弾の射手マークスマンデュオ


マックスが前線、ソーンが後衛・情報操作を担当し。ヴィクター社の敵を葬ってきた事から・・いつからかオペラのタイトルに準えて、二人そろってこう呼ばれるようになったのだそうだ。



「・・天使喰らい(エンジェ・イーター)ツヴァイ。そしてあの炎の猛獣・・・アンタたち三人のコード認識は既に済ませてる。・・それに、今日は“敵として”ではなく、“店の客として”ちゃんと対応するつもりだぜ?」


「・・・ふん。スナイパーの物言いってのは、どうしてこう皮肉が効いてんだか」


「生まれつきなんでね。アンタもそうだろう?」


ツヴァイの皮肉にカスパールも笑みを浮かべたまま皮肉を返す。その様子を静かに見つめていたマックスだったが、ふと美琴とツヴァイの双方を静かに・・まるで何かを考えるように見つめた後。ウィスキーを飲み干し、グラスを机に置いた。


「・・・よし、せっかくだ。カスパール、天使喰いさんをステージがよく見える席に案内してくれ。俺はちょいと、この黒獣サマと話したいことがある。」


マックスの口から出た突然の言葉に、一瞬美琴とツヴァイは戸惑いの表情を見せる。


ツヴァイから離れる、それはつまり美琴自身が無防備な状態になってしまうと言うことだった


「えっ・・・で、でも」


「安心してくださいフロイライン。ウチの相棒、捻くれちゃいるが〝絶対に嘘は付かない〟を心情にしてるんでね」


カスパールの言葉に、美琴は少し考え込んだ。確かに目の前のこの二人は自分が潰そうとしている敵組織の幹部。罠である可能性も無きにしも非ずだったが



ーーー アルバや廻を見るマックスの瞳はどこか優しく、本気で二人の幸福を願っているようだったから



「・・・・わかった。じゃあ、5分だけね。」


しばらく考え、美琴は小さく笑みを浮かべると、マックスの頼みを飲むことにした。その様子にツヴァイもどこか不満そうに眉間に皺を寄せたまま小声で、すっと耳元で囁くように声をかける



「おいおい、ダーリン?・・・この優男とおっさんの空間に俺を置いてくつもりかよ?」


「・・・大丈夫。5分って決めたし、何かあればツヴァイがすぐ来てくれるって分かってるから」


そっと微笑み、ツヴァイの袖を握ってから手を離す。信頼をしているが故の美琴の言葉と笑みに、ツヴァイは呆れたように苦笑いを浮かべた



「では、お嬢さん。こちらへ」


黒い手袋をした指先で丁寧にステージ席へ案内するカスパールとそれに連れられて行く美琴の後ろ姿を見ながら、マックスがどこか羨ましそうに呟く



「・・・信頼されてんな、“黒獣”サマ。あの子の手が震えてねぇ」


「・・・美琴は甘くねぇよ。ガキみてぇな愛じゃ届かねぇ。けど──信じたモンにはとことん“命”注ぐ女だ」



そう言葉を返すツヴァイに「そりゃ羨ましいな」とマックスは小さく呟けば、真剣なまなざしでツヴァイと向き合った。



「・・・・・本題に入ろうか」


葉巻の煙がゆっくりと、まるで蛇のようにツヴァイの頬をなぞる。


低く、重いマックスの声。だがその音には、妙な優しさがあった。


まるで“地獄を知る男”が、同じ業を背負った者へ語りかけるような、そんなくすんだ優しさが



「・・・・ところで黒獣サマよ」


ゆっくりと灰皿に葉巻を押し付けて、マックスがツヴァイに問いかける



「一つ確認したいんだが・・・あの天使喰らい・・・美琴ってやつは……【海市蜃楼】、【ヴィクター】、【プロメテウス社】・・・この三社を潰すための復讐心で、お前さんを連れている・・で、間違いないな?」


「・・・・」




──空気が、張り詰める。


グラスの中のウィスキーが、音も立てずに揺れ、サングラスの奥、ツヴァイの瞳が鈍く光を帯びる。


探ろうとする目の前のシルバーフォックスを相手に、黒獣はすでにその喉元に食らいつく準備はできていたのだ



そして・・・一瞬の沈黙の後、低く、確信をこめて



「・・・・“間違っちゃいねぇ”」


ツヴァイはそう答えた



「アイツはな──“復讐”なんて言葉すら、軽いと思ってる。奴らが壊したのは【平穏】であり、【尊厳】であり“心”だ・・・・だから俺は、そのすべてを〝代わりに壊す”ためにここにいる」


氷のように静かで、それでいて燃えるように熱い声が室内に漏れる。


「プロメテウスに身体を売られ、蜃楼に魂を汚され、ヴィクターに名前を奪われた・・・“俺たち全員の”怒りと祈りを、美琴が抱えてるんだよ」


「・・・ほう。随分と、覚悟の入った口ぶりだな」


ツヴァイの言葉にグラスを掲げる仕草で、マックスは視線を重ねる。するとすかさずツヴァイが低く、威嚇するように声を漏らした



「覚悟じゃねぇ。“選択”だ」


「・・・・ほぉ?」


「アイツは、俺を選んだ。復讐の剣として。愛の隣に立つ影として。なら俺は──この命、最後の1バイトまで全部使って、美琴の目的に寄り添う」


そう言い切ると、氷がゆっくりと溶けるような沈黙がまた室内に漂った。


サングラス越しにこちらに向ける鋭い眼光を緩めることをしないツヴァイにマックスが小さく笑みを零した


「なるほど。──いい目をしてるな、黒獣。・・・俺と同じ目だ。“壊すために生き残った者の目”だ」


そして、マックスはさらにツヴァイに問いかける



「・・・現日本政府、ひいてはヤタガラスは〝あのレディの復讐のバックアップ〟に協力してる・・も合ってるか?」


その言葉にツヴァイの指先がグラスから離れる。沈黙がほんの数秒、空気を引き締める。


そしてツヴァイは低く、そして鋭く。言葉の端に、“監視されていた”気配を悟った声音で尋ねた



「・・・お前、どこまで知ってやがる・・・・?」


「さっきも言ったろ。“情報は武器”だってな」


ツヴァイの視線に臆することもなく、ロックグラスを回しながら、マックスはわずかに口角を上げる




「俺の相棒はな・・元・政府系暗号機関のAIシステムにハッキングもしたことがあってな・・・あの“ヤタガラス”が動けば、裏の動きも洩れるんだよ。・・・たとえば、“天使喰い”という異端存在を、“黙認”している不自然な空白とかさ」


「・・・チッ。答えが出てるなら聞く必要もねぇだろ」


「──いや、“あえて”確認したかったのさ」


「・・・なんだと?」


いぶかしげに見つめるツヴァイに視線をぶつけながら、マックスが言葉を続ける


「ヤタガラス、そして現政府はあのレディが背負ってる“復讐の炎”に、自分たちの火種を乗せようとしてる。・・・裏から焚き付けて、“正義”の火にすり替えようとしてんだよ」


「・・・あぁ、そうだ。利用されてるのはわかってる。けど、それで構わねぇんだよ」


「ほぉ・・・構わねぇ、だと?」


首をかしげるマックスにツヴァイがさらに言葉をつづけた


「“使われる”のが分かってて、それでもなお踏み込む。それが──“美琴”の意志なんだよ」


鋭く、しかし覚悟を持った眼差しがマックスを貫く



「この三社を焼き尽くす。その先で、どれだけ政治が動こうと、どれだけ戦争の口実に使われようと──

美琴が“納得して前に進める未来”なら、俺は全部、肯定する」



拳をゆっくりと握るツヴァイ。その掌の中には、過去の血と炎の記憶が刻まれている



「・・・美琴の“復讐”はな、正義でも粛清でもねぇ。“返すだけ”だ。奪われたものの、全てをな」


「・・・・」


一瞬、真剣な沈黙。灰皿に押し付けられた葉巻の先だけが、火のように赤く輝いた。



「お前の覚悟はよくわかった・・・だが、もう一つ確認しておこうか。・・・・」


マックスはそう言うと、ツヴァイの目の前に一枚のファイルに入った紙を投げ渡す


そして、鋭い視線のまま静かに尋ねた




「ーーーー あのレディの復讐が終わった時、〝日本政府は全ての責任をレディ一人に押し付けようとしている〟・・と言う事も、お前は理解してたか?」




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