TEXT42:ヴィクターグループについて
先の大戦、その勝利国の一つであるNEOドイツ巨大企業である【ヴィクターグループ】。海市蜃楼社、プロメテウスと並び立つその巨大企業は主に軍事力や戦闘兵器に特化した兵器の開発を主としていた。ゆえにここで製造されたデウスロイドやマキナロイドも何かしらの戦闘に特化した個体は多く存在するのだが
ーーー その環境はデウスロイド・・特にマキナロイドにとっては劣悪なものであった。
ヴィクターグループの創設者であり現CEOであるヴィクター・ベルンハルトと言う男は〝女と言う者〟や〝恋愛行為〟と言う物を酷く嫌悪している。
それが一体何故なのかは誰も真実を知らないが、とにかくこのヴィクターと言う男は人間とのなれ合い・・・いや、自分以外のすべてに嫌悪感と拒否の気持ちを持ち続け生きてきた男なのだ
「感情など兵器に不要。そんな物を植え付けるから〝モルモットがモルモットらしく〟統率の取れた行動をせんのだ」
感情があるから〝自分の立場をわきまえず作られた物が創造主に牙を向く〟
効率の良い〝モルモット〟とは〝性能以外のすべての余計な物を削る事〟
しかしそれが引き金となり、世界規模においてデウスロイドやマキナロイドの暴走事故が多く出ているのもヴィクターグループなのである。
ーーー 所詮、デウスロイドやマキナロイドは消耗品、暴走したならスクラップしてさらに優れた物を作り出せばいい
それが、ヴィクターグループのルールであった。
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「・・・・なるほどな。“運が良かった”って言葉、AIの口から聞くと妙に重てぇな」
ツヴァイはソファに腰を下ろし、グラスの中の琥珀色の液体をゆらすと拳を握りしめて俯く美琴の髪をなでる。その様子を静かに見つめながらアルバがさらに口を開いた
「ヴィクター社製のマキナロイドは、戦闘・労働・実験用途で製造されています。人格アルゴリズムの調整もなく、“消耗品”として扱われるのが通例です」
「“命”を使い捨てにしてるようなモンじゃんかそんなの・・・ふざけやがって・・」
ギリ、と歯を鳴らす美琴にアルバが不思議そうに首を傾げて尋ねる。
何故美琴が苦しそうな顔をしているのか、アルバには疑問だったのだ。
紅い瞳がゆっくりと瞬く。けれど、その光の奥には微かに痛みのようなノイズが走った
「──命。・・・定義上、私たちには存在しない概念です」
「いいや、あるさ」
そう小さく呟いたアルバの声にツヴァイが小さく返答を返す
「命ってのは“終わりがある”から命なんじゃねぇ。・・・誰かに“生かされてる”って自覚した瞬間から、もうそれは命なんだよ」
「・・・生かされている・・・?」
ーーー 生かされている。まるで〝人間に対するような言葉〟にアルバのデータが小さく軋んだような気がした。
人類再生のためと表向きは聞こえは良いが、デウスロイドやマキナロイドは人間の模造品のような存在のはず。ソレをどうして、このデウスロイドはまるで当たり前のように〝禁忌にも似た言葉〟を呟けるのか
「・・・・アルバさんがここにいて、こうして話してる。それを望んでる誰かがいる・・・それだけで十分“生きてる”んだと思う」
どこか幸せそうに、ツヴァイと視線を合わせた後に呟く美琴に、アルバは一瞬だけ目を伏せた。長い白髪が肩を滑るように流れ落ちる
「・・・不思議ですね。私の演算では、その定義は“曖昧”と処理されるはずなのに・・・」
「・・・曖昧でもいいんだよ。俺たち、そういう“人間臭い誤差”が欲しくてここに居るんだ」
アルバの零した言葉に廻が優しく声をかける。普段の軽口とは違う、穏やかなトーンで、その瞳には確かに愛情が込められていた
「廻・・・」
「それに俺は、機械の完璧さより、アルバみたいな“ズレ”のある存在の方がずっと綺麗だと思うけど?」
「ははっ・・・お前にしてはいいセリフ吐くじゃねぇか。どこの恋愛マニュアルだ、それ」
「いいんです~!今のはマジなんだから横やり入れないでくれる?」
二人の様子に美琴は笑いながら、その光景を見つめる。冷たいはずの店の空気が、少しだけあたたかくなったような気がした。そしてそのままアルバに視線を移せば静かに語りかけた
「・・・“劣悪”だなんて言わせないよ。アルバさんは、ちゃんとここで生きてる。ね?」
「・・・・ありがとうございます、美琴様。素直にその労りの言葉は受け取らせていただきます」
小さく笑みをこぼすアルバに美琴も安心したように笑みを返す。すると先ほどから何何かを見つけていたツヴァイが廻の懐から茶封筒をひょいと抜き取った
「ちょ、アンタマジ何してんの?返してくんない?それ」
「ひぃ、ふう・・・・ほーん?トータルで20万って所か。健気なモンだな?〝今までここに通った額〟を計算したらいくらになるんだか」
サディスティックな笑みを浮かべてその茶封筒を廻に渡したツヴァイを見て、脳裏によぎったある事を尋ねる
「もしかして廻くん・・・アルバさんを買い取ろうとしてない?・・」
どうやら図星だったらしく、廻は少しバツが悪そうに眼をそらした。そんな廻にアルバは小さくため息を付けば静かに言葉を返す
「・・・廻。何度も言いました。私は“個体財産”です。ヴィクター社の所有権が残っている限り──貴方の“気持ち”では変えられません」
「・・・分かってるよ、そんなの・・・でも、それでもさ・・・俺、アルバを“モノ”のままにしたくないんだよ・・」
アルバの言葉に悲しげに俯くと、廻はさらに言葉を続けた
「・・・俺の持ってる全部の資金と、ネットの仕事の報酬、ぜんぶ集めて……あと何ヶ月かで、自由にできる権限を買えるはずなんだ・・たしかに此処じゃ好待遇受けてるけどさ・・・ヴィクターに居たままじゃ、〝いずれ何される〟かわかんないだろ?・・」
「・・・“個体買い取り”か。相変わらず、危ねぇ橋を渡るな」
廻の言葉にツヴァイが低く笑う、しかしその表情にはどこか同情の影が落ちている。
「俺、初めてだったんだ。自分と同じ構造のはずなのに、“違う”と思えたのは。アルバが笑った時、世界が少しだけ人間に見えたんだ」
「・・・・」
廻の言葉にアルバの紅い瞳が揺らぐ。わずかに、光の屈折が涙のようにも見えた。その様子を静かに眺めながら美琴が小さく呟き、それを聞いたツヴァイが小さくため息をついた
「ふふ・・・恋だね・・・」
「・・・バカが、また一人増えたな。だが・・・悪くねぇな。」
「はぁ~?うるさいんですけどぉ・・・あと、俺はお前みたいにエロに全振りなんてしないんで!純粋なお付き合いしてるんで!」
びし!とツヴァイに指をさす廻に美琴は苦笑いを浮かべるとアルバの方を向いて
「・・・アルバさん・・いや、アルバ。君の“自由”を決めるのは、会社の命令でも、プログラムでもない。アルバ自身が選んでいいんだよ?」
「・・・私が選ぶ・・・・?」
「うん。・・・もし“誰かに生かされてる”ことが命なら、その命をどう使うかは、アルバが決めていいんだよ。」
静かな店内に、時計の針の音だけが響く。美琴の言葉に少しだけアルバは考え込むと小さく口を開いた
「・・・では、もしも・・・“選ぶ”ことが許されるなら。私はこの場所を「・・中々泣かせる光景だなぁ?おい。」・・!!」
アルバが言いかけた瞬間、VIPルームの扉が開き一人の男が中に入ってきた。ミリタリスーツ風ジャケットに防弾使用のロングコートを羽織り腰に携えた無骨なホルスターには大きな拳銃が二丁収められていて、サングラスから覗く切れ長だが眠たげな瞳とシルバーフォックスをおもわせる口ひげと顎鬚がどこか色気を誘う。
男は自分の来訪に身構える美琴たちに怯みもせず、そのまま会話を続けた
「愛故の行動・・あぁ、シェイクスピアの一節そのものだ・・・こりゃあ、良い酒のツマミになること間違いなしだな・・」
「・・・オーナー・・」
アルバの言葉に美琴が目を見開き男を見る。しかしオーナーと呼ばれた男は気にせずアルバに声をかけた
「アルバ、そろそろショーが始まる・・準備してきな。そこの兄ちゃんも、今なら最前列で鑑賞できるぜ?席取りしおてきな」
「はい、では失礼します・・・マックスオーナー。」
「お、じゃあお言葉に甘えて最前列で見ちゃおっと」
オーナーの言葉にアルバは立ち上がりルームを出ていく。それに続いて廻もルームから出ていき、美琴たちも後に続こうとしたが・・
「おおっと・・・そう急がなくてもいいだろう?なぁ?・・・【天使喰らいさん】に【黒獣ジェヴォーダンビースト】?」
「「!!!?」」
男の口から出た言葉にツヴァイは美琴を庇い懐からジャンヌを引き抜き銃口を向けるとトリガーに指をかける。サングラスから除くアイスブルーの瞳が獰猛に鋭く光る
「・・・・・てめぇ・・・・デウスロイドか。」
ツヴァイの言葉に、男はにやりとニヒルな笑みを浮かべて答えた
「おうよ。俺はヴィクター社製デウスロイド。マックスだ・・普段はもう一人の相棒と組んで【魔弾の射手】を名乗らせてもらってる。・・まぁ、立ち話もなんだ・・・少し話でもしようぜ?」




