TEXT4:The Beast Unleashed
pm:23:00 海市蜃楼グループ横浜支部地下第七生体実験棟 通称:玄塔。
無機質な鉄の壁に覆われたその中央に拘束された一体のデウスロイドが居た。ボロボロの浅黒い肌と体中のいたるところから焦げた匂いが立ち込める中、研究員の無機質な声が響く
「実験no13、電撃耐性試験開始。出力300000v」
その声に天井から吊るされた無機質な機械から高電圧がそのデウスロイドに放たれ獣のような絶叫が響き渡る
「あぁ゛ぁあ゛ああああ゛!!!!?」
『おーおー・・耐えてやがる・・30万ボルトだぞ?流石プロメテウス社の対戦闘型デウスロイド。』
『身体の中ショートしてるハズなのに機能停止の兆候ゼロ・・脳波も以上無し、むしろ活発化してるときた・・おそろしいモンだ。まるで化け物だな』
『この後だっけ?内部冷却機能封鎖しての外殻を1200まで加熱するって・・・ぶっ壊れねぇか?』
『っはは!まぁ、壊れたらスクラップ行きだろどうせ』
機械越しから聞こえる嘲りの声に、拘束されたデウスロイドは怒りと殺意を込めてマジックミラーの向こうにいるであろう研究員たちをにらみつける
『なんだぁ?その目は・・人間もどきのくせに人間様に歯向かうってか』
『くやしいならその拘束抜けてみろよ。どうせできやしねぇんだろ?』
その言葉に、軋む鉄の体の奥底で怒りの感情が浮かび上がる
体内に内蔵された機関が悲鳴をあげ、その瞳が焼け焦げかけても、
湧き上がる怒りの感情だけが己の理性を繋ぎ止め離さない。
ふざけるな。どうして俺がこんな目に
そこで指くわえてみているがいい。今すぐにてめぇら全員ーーーー !!
「ーーーーー みーっけ。」
「っ!?」
その瞬間。電磁波を放つ巨大機械が音もなく真っ二つにされ
その残骸の上で〝女が一人笑みを浮かべていた〟
ーーーー 異物。
この空間に不釣り合いなその存在は肩に羽織った彼岸花の刺繍が施された着物をそのデウスロイドにかけてやると、巨大機械を一刀両断したであろう日本刀を納刀しそのまましゃがみ込み視線を合わせた
『な・・・なんだ!?侵入者か!?』
『馬鹿な!!警報も作動しなかったぞ!?それをどうやって!?』
スピーカーから聞こえる音に女はため息をつくと軽く指をならす。するとそれが合図というように施設内の電気が一斉に消えた。予期せぬ来訪者に玄塔内はパニックに陥った。そして、暗闇と騒音が支配するその場で女がデウスロイドに声をかけた
「・・・・君を自由にさせてあげる」
「なに・・言ってやがる・・・第一てめぇ一体何者なんだ‼こんな真似して、俺がてめぇみたいなやつに従うわけが!!」
「ーーーーー すべてが憎い?」
「!!」
首を傾げ訪ねてくる女の言葉に思わず息を飲む。こちらを見つめる琥珀と紫の瞳が妖艶に揺れる
「ーーーー なら、ここから出るまででいい。力をあげる。」
そういうと女はデウスロイドの首の後ろを撫でそこに隠されていた接続ポートからコードを伸ばし、あろうことかそのコードを己のうなじに突き刺したのだった
「なに、を・・・・・」
「・・・・『接続完了。心拍、脳波異常なし。chord書き換え実行。ヤタガラスユニットオン』・・」
女の口から、まるで神にささげる祝詞のように言葉が紡がれる。それはどこか寂しさと渇望、そして狂気と愛情の色が混ざる。
「・・・・耐えてね。」
「は?」
そう、女がデウスロイドに声をかけ優しくその手を握った瞬間。
《CHORD:神結~KAMIMUSUBI~。発動》
「がッ!!?・・ァ゛・・・ア゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」
「っ・・ぐ、ぁ・・・く、ぅ・・・・」
繋がれた接続コードから恐ろしい量の情報とそして身を焦がすような熱が体を襲う。体の奥底が燃えるような、脳が焼けていくような感覚にデウスロイドの叫びと女の声が交わり、響く
「っ・・・てめ、ぇ・・・・殺し・・・・」
「耐えて・・・っ・・わたし、も、たえる、から」
握られた手に力が篭り、こちらを見つめるその瞳は濡れ上気した肌がやけに艶っぽく見える
ーーー ドクン、
もう壊れる寸前の心臓が脈打つのを感じる。接続コードから流れ込んでくる記憶はこの女のものだろうか。
焼けた都市、悲鳴、背に伝う痛み、絶望、そして、全てを奪った者たちへの復讐。
「お前・・・そうまで、して・・・・」
ーーー そんな物を抱えてまで、自分を救おうとしている。
自分と同じような感覚をこの女も味わっているはずなのに、その瞳が、上気した頬が、涙のように滴る赤い血が、美しく見えてしかたなかった
《データ、書き換え完了。当機体の管轄を海市蜃楼から解除。》
《また、当機体識別番号、13を破棄。新たな識別名前は》
「・・・・・アルファ。」
「ーーーーー。」
ぶちり、とうなじからコードを引き抜きそのままデウスロイド・・アルファの第三接続ポートに収納すると女は疲れたように笑みを浮かばせその頬を撫でる。
「・・・・君の名前は、アルファ。」
「・・・ある、ふぁ・・・・」
「・・これで、君は自由になった。あとは、君の、自由・・・・」
力なく笑い立ち上がる女の身体がぐらりと揺れる。仰向けに倒れそうになったその体をアルファの太い腕が抱き留めた。
「・・・・・バカかてめぇ。考えもなくこんなことしやがって。」
少し荒っぽく、左目から零れ落ちた赤い血を拭いそのまま舐めとり抱き留める腕にさらに力を籠める
「・・・・10分だ。」
「へ?・・・・」
「10分休んでろ・・・・それまでに退路は開けておいてやる。いいな?バカマスター様」
「・・・美琴。それが私の名前だよ。」
腕の中で笑う美琴にアルファは笑みを浮かべると警報器が鳴り響く中ゆっくりとマジックミラーに歩み寄り右手をかざした
「・・・・・今まで俺の中に蓄積された怒りの業火、てめぇらに返してやるよ。海市蜃楼」
そう言うとアルファの右手がだんだんと熱を帯び、その右手はだんだんと赤く染まっていく
「CHORD:ブラフマー・・・・・炎神の右腕。」
その瞬間、どんな高熱さえも遮断するその壁はどろりと溶け出し跡形もなく消えた
「ば・・・馬鹿な!?13号が奪われた!?」
「ひ、ひぃいいい!!」
檻から解き放たれた獣の姿に海市蜃楼の科学者たちは悲鳴をあげ蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げて行った。その様子を呆れたように見ながらアルファは抱きかかえている美琴に視線を移した
「行くぞ。マスター」
「え、あ、うん」
「なんだよその煮え切らない返事は・・・・」
「い、いや、だって・・・君、いいの?」
抱きかかえられながら美琴が訪ねる。確かに当初の目的はこのデウスロイド、アルファの保護が目的で、彼の気持ちを尊重し、もし保護を拒否するなら好きにさせようと思っていたのだが・・・
「---- 獣を解き放ったのはお前だぞ?」
こつん、と額が合わさりアルファの深い緑の瞳が美琴を射抜く。
「・・・・・責任取ってもらうからな。逃げたら許さねぇぞ?マスター。」