text39:再び六本木へ
要の腕に巻かれた赤い腕章。そこにはまぎれもなく、〝三本足のカラス〟のプリントが施されており、まさにソレは要が正式にヤタガラスに入った事を意味する証だった。
美琴は驚きの声を漏らすもふと、ある事に気が付き要に尋ねてみた
「・・でも要ちゃん、よくその・・・ドシスコンなお兄さんと・・その・・」
そこまで言いかけると、美琴はちらりと朔を見る
「・・朔が許可したね?」
「直兄ちゃんに至っては・・最終的には首を立てに振らなきゃ嫌いになるって言ったらしぶしぶ許可してくれました!」
「(きっと膝から崩れ落ちたんだろうなぁ・・霧島代表。)・・朔は・・・」
「・・・要の諦めの悪さに、私が根負けしただけですよ。」
美琴の言葉に困ったような、しかしどこか半ば諦めたような苦笑いを浮かべる朔に美琴はさらに問いかける。
・・であった当初、あまり警戒心を解くことも無く、要の身体と生命を優先していたこのデウスロイドがマスターの無茶を承諾するとは正直思えなかったのだ
「止めなかったの?・・・」
「・・・今の要を見て、素直に言うことをきくように見えます?」
ため息をついて要に一瞬視線を移した朔に美琴は小さくため息をつき苦笑いを浮かべた。
・・なるほど、彼女の意志はそうとう固いようだ。
自分より年下とは言え、あれだけ色々経験してきたのだ。・・きっと要自身も〝守られてばかり〟でいる事を自分の意志で終わらせて前に進もうと決めたのだろう
「(・・・まぁ、最初に目を見たとき芯の強い子なんだろうなとは思ってたけどね)」
そんなことを美琴がぽつりと考えていると隣で静かな音を立てて、ツヴァイが煙草に火をつけた。スッと深く吸い込み、紫煙を吐き出す
「・・あーあ、出たよ。うちのマスター様の“かわいい後輩いじり”タイム」
「いじってませんー。ヤタガラスで働くにあたっての最終確認したまでです。」
茶化してくるツヴァイに美琴がぴしゃりと言葉を返す。そしてそんなツヴァイとは逆にアルファはカウンターにもたれかかりながら、不機嫌そうに一部始終を見守っていた。その視線には警戒と探るような色が混じる
「ちっ・・・甘ったれた空気流してんじゃねぇぞ。ここは戦場だってのに、兄貴がどうとか・・」
頭をがしがしと掻いて、アルファは要をちらりと見る
「・・・で?“兄貴の許可”とやらが下りたからって、すぐ仲間面して突っ込んでくる気かよ、チビ。」
「こらこらアルファ、唸らないの!」
不機嫌そうに要を睨みつけるアルファだったが、美琴はそれがアルファなりの優しさであることは理解していた。だが、アルファの言葉にも怯むことはなく、要はまっすぐアルファを見つめる
「お気遣いありがとうございます。でも・・・・〝ちゃんと覚悟〟はできてますから。」
「・・・・けっ、強情なチビだぜ」
にこりと笑みを浮かべて自分の腕に撒かれた腕章を指さす。そんな要にアルファは深いため息をつくと
「・・・・・途中で脱落すんなよ」
そうぶっきらぼうに言葉を返した。
そんな様子を見ながら美琴はどこか楽しそうに笑みを浮かべてツヴァイとアルファに語り掛ける
「ふふ、ね?でもその“強情”がなかったら、きっと今〝この場に立ててない〟はずでしょ?・・アルファ?ツヴァイ?」
視線を一瞬だけツヴァイとアルファの交互に向けて美琴は優しく微笑む。
その様子にツヴァイとアルファはしばし無言になるが最初にその沈黙をアルファが破った
「・・・チッ。“言えねぇ顔”して見てくんじゃねぇよ」
「・・・まったく・・こういう時のマスター様が一番厄介なんだよな。・・・誰にも逆らえなくさせる」
そう言ってツヴァイは美琴の頭をくしゃりと撫でれば再び要と朔の方へ視線を戻した
「一つだけ言っとく。“覚悟”ってのはな、口にするもんじゃねぇ。・・・この先、泣いても喚いても止まれねぇ現場に立たされる。・・・その時にわかる」
ツヴァイの言葉にアルファも要のほうを見て口を開いた
「・・・逃げねぇなら、俺も文句はねぇ。ただし」
そこまで言い終え、アルファは朔のほうを見る
「・・マスターの覚悟に最後まで付き合うのがデウスロイドってもんだ。そこはお前も分かってるんだろうな」
「・・・ご心配なく。私の役目は、要を守ること。それ以上も、それ以下もないので」
「・・・ふん、わかってんならいい」
朔の言葉にアルファは満足そうに笑みを零した。
「・・・ったく。これでまた、賑やかになるな?美琴」
「うん。・・・また、みんなで進めるね」
その様子を眺めていたツヴァイと美琴に先ほどまで静かに様子を見守っていたオーナーがグラスを磨きながら呟く
「“最前線”ってのは、どこまでも孤独な場所だ。だが・・・孤独を分かち合える奴がいるなら、それはもう、戦う理由としては十分だろうよ」
吹き終えたグラスを棚に戻し、シガーケースから葉巻を取り出して火をつける。葉巻の煙がくゆり、バースペースに濃く漂う中で、オーナーは美琴達を見て静かに口を開く
「・・・、海市蜃楼に関しては・・・結果はどうあれ、ヤタガラス──俺達に白星が上がった事になる。・・・で、次のデケぇ依頼の前に、少し“骨休め”が入るんだが──」
と、そこまで言い終えるとバチンッとアルファを指差し声を荒げた
「・・・・テメェは一週間、ウチでメディカルチェックだ、アルファ!!」
「──はァ!?」
突然のメディカルチェック決定にアルファは椅子を引きずるように立ち上がりオーナーをまるで檻をぶち破らんとする獰猛な肉食獣のような目つきで睨みつけるも、数々の修羅場を潜り抜けてきたオーナーには一切通じず葉巻をふかし続けながら声を荒げた
「だだこねても無理やりメス入れるぞコラ。てめぇが現場で何やってたか、ドローンで全部見てたんだよ!この単細胞ゴリラが!!!バッカみてぇに無茶しやがって!!おまけに!!なんでてめぇは!もうさっそく!!カーリー&ドゥルガーを修理送りに回しやがるんだァ!?あれか!?てめぇはCPUまで脳筋使用になってんのか!?この※※※野郎が!!!」
「誰が※※※だ!!このクソ爺!! 俺がいなきゃ猫葉は──」
「──はいはい、坊や。そういう“俺がいなきゃ”系の台詞は聞き飽きたわ。ついでに言うなら、オーナー様の言う通りお前が一番ボロボロだ」
今にも殴り掛からんとするアルファを諫めてツヴァイが呆れたようにため息をつくが、どうやらツヴァイの態度もアルファ的には癪に障ったらしい
「ハァ!?てめぇがカバーしねぇからだろうがッ!!この※※※野郎が!」
「違うね。“戦い方が雑”なんだよ、お前は。感情で動くから無駄が多い。もうちょい計算して動けっての。・・・初めてアダルト雑誌読んで***する****ボーイかよお前は」
「んだとこの****!いくら二丁拳銃うまく扱えて弁舌たつからって****もお粗末なモンなんだろうなぁ!?」
「あぁ?・・・言ったなこの****坊やが」
突如始まったスラングまじりの喧嘩に美琴は深いため息をついて頭を抱える。その横で朔が静かに要の耳に猫耳イヤホンをつけてその上に自分の手を重ねた
「あー・・・・その・・・ごめんね?」
「いやいやそんな・・・ところで朔、***ってなに?」
「要、世の中には知らなくていい事が山ほどあるんだよ」
首をかしげる要にすかさず朔がフォローを入れるとオーナーは呆れたようにため息をついた
「・・・ったく、コントかよ。まぁいい、“その口が動く元気がある”ってことは、内臓までいかれてはいねぇな。来い、アルファ。まずは採血だ」
「触んなら殺すぞ」
「・・・殺せるもんなら殺してみろ。次の依頼までに全快させんのが俺の仕事なんだよ」
相変わらず不機嫌そうなアルファに煙草をくゆらせながらツヴァイが呟く
「・・・・“坊やの不機嫌タイム”、一週間確定か。朗報だぜ美琴、アジトが静かになるぜ」
「うるせぇ!!そもそも誰が坊やだコラァ!!」
唸るアルファに中指を立てたまま煽るツヴァイを見てやれやれとため息をつく美琴だったが、ふと背伸びをして考え込む
「・・となると、一週間はツヴァイと行動になるのか・・んー・・・だったらNEO六本木でもぶらつくかなぁ」
「・・NEO六本木?」
「ん?どうかしたの?要ちゃん・・あ、そうだ!もう仲間になったんだし敬語無しね?」
美琴の言葉に要は「じゃあ、・・」とつぶやくとさらに話をつづけた
「朔の兄弟機の、廻がよく通ってるお店があるんだよ。・・そこで働いてるマキナロイドにその・・メロメロで」
「廻?・・・あー・・・私らがヤタガラスに入る前にツヴァイに接触しようとしたらツヴァイに弁舌で返り討ちにされたって、あの陽キャ君か・・」
ふと記憶の片隅によぎったあのパーカー姿のデウスロイドの姿に美琴が声を上げるが、ふと驚きの表情を浮かべた
「・・・・・・兄弟機!?あの陽キャ君と朔が!?」
「あ、伝えるの忘れてたね・・・まぁ、その話はまた次回に・・」
驚く美琴に要がそう返すとツヴァイはサングラスを外し、勝手に用意していたラム酒の注がれたグラスを指で回しながら苦笑を浮かべた
「・・・おいおい、懐かしい名前が出てきたな。廻──あの“口だけ陽キャAI”か。あいつ、まだ稼働してたのかよ」
「アンタもアンタで煽らないの!」
美琴が軽くツヴァイをいさめればツヴァイはそのまま紫煙を吐き出して話を続けた
「だが“マキナロイドに入れ込んでる”って・・・どんな意味でだ?恋愛的な意味なら、ちょっとしたスキャンダルもんじゃねぇの?」
「そう言わないの。・・・・でも、マキナロイドって確か、感情発達系の自律個体がたまにバグとしてニュースに取り上げられる事あるよね? 人間と同じ恋愛感情を学習するタイプだ。って一説が出てるくらいの・・・」
「あぁ、“擬似魂領域”を持ってるタイプな。あの系列は、恋も痛みも錯覚じゃなく“認識”する。・・・つまるところ、“壊れる”ことも本気であるってわけだ」
ツヴァイが指先で机をとんとん叩き、要を見る
「・・・で?そのマキナロイドが働いてる店ってのは?」
「えっと・・・“NEO六本木・第七ドーム”内のバー【Re:verb】です。」
「・・Re:verb?・・・・聞いたことあるな。地下ルートの情報屋どもがたまに使うバーだ。妙に“人間くさい”AIばっか集まる場所・・・じゃ、散歩ってわけにはいかねぇか」
サングラスを戻しながら、ふっと笑ってツヴァイは美琴に視線を戻した
「お、デートじゃなくて調査になる感じ?」
「どっちでもいいさ。俺とお前が一緒なら、世界がどう転がろうが構わねぇだろ?」
美琴の肩を抱きかるくウィンクするツヴァイにアルファが不満そうに声を上げた
「・・・オーナー、やっぱメディカルチェックやめだ」
「ダメに決まってんだろうがバカ。お前の数値、フラグ立ちすぎてんだよ。黙って検査されてろ」
アルファの頭をかるく叩くオーナーに美琴はまた苦笑いを浮かべると、そのままツヴァイとともに出かける支度を始めたのであった。




