TEXT29:獣の本能
一方、桃源城地下コロシアム。
「ーーーー おおおおおおおッ!!!」
アルファの剛腕に装備されたパイルバンカーガントレットが、海市蜃楼製の巨大な二足歩行機械に巨大な風穴を開ける。火花と轟音を上げ、その体がズシンと重い音を立てると会場が一気に歓声に包まれた
『すごい!!こいつはすごいぞアルファ!!流石元、海市蜃楼のナンバー2だった機械兵器!!容赦がない!!』
リングアナウンサーの声にアルファは不愉快そうに舌打ちをするが、すぐに後ろに控えている美琴に視線を移した
「・・・体は大丈夫なのか」
「少し疲れてるけど、大丈夫・・・ここで手を緩めるわけにはいかないでしょ」
そう言葉を返す美琴の額には汗が滲んでいたが、アルファはあえてソレを見てみるふりをした。
・・トーナメントは10回戦。現在はその9回戦目に入るのだ。その間美琴は常に【神結システム】を展開し続けアルファのバックアップを行っている・・長時間、神経を張り詰めさせアルファと意識を同調させている形に近いのだ。疲労の色は隠しきれなかった
本来ならばここで美琴を休ませるべきなのだろう・・しかし、ソレを美琴自身が望んでいないのならば己がなすべきはただ一つ。
ーー すべての敵を壊すまで。
『さぁーて!!つぎは第九回戦!!これを越えればいよいよ決勝!!海市蜃気楼が誇る最強の2体!!デルタ&ガンマへの挑戦が可能となります!!』
どうやらつぎの対戦相手の準備ができたらしく、リングアナウンサーが高らかに声を上げて向かいの入り口を指さした
「!?」
「ーーーー 。」
暗がりの入場口からのそり、のそりと鈍い動きと共に、びちゃりびちゃりと赤黒い粘液をまき散らしながらリングに上がってくるソレに美琴とアルファだけが言葉を失った。
四つ足のソレは一見すれば蜘蛛のように見えるだろう。しかし四本の脚に見えたのは機械ではなく〝マキナロイドの手〟・・そしてその手がつながっているであろうそこには数十体のマキナロイドやデウスロイドがまるでむりやりくっつけたかのような状態で置かれていたのだ
「ッ・・・・この外道どもが!!!!」
観客の笑い声に美琴が怒りの声を上げる。己の権力や金のためなら人間はこうも外道に堕ちることができるのかと美琴は震える手を強く握りしめてアルファを見る
「アルファ、集中し・・・・・アルファ?」
「ーーーーっ・・」
止まっている。アルファの動きが
そしてただ一点を・・目の前にたたずむ人間の成れの果てを見つめながら
「・・く、そ・・・・」
その深い緑の瞳には後悔と懺悔の色が静か滲んでいる
「アルファ!!!」
『第九回戦!!アルファVS人造兵器ヒュドラ!!レディー・・・ファイ!!!』
美琴がアルファに声をかけるが、それよりも早く、巨大な鋼鉄のハンマーのようなヒュドラの右腕がアルファの体を思い切り横凪にたたきつけた
「ッ・・・が、あ・・・」
吹っ飛ばされたアルファをさらに追撃するかのようにヒュドラの猛攻が続く
【イタイ】【イタイ】【イタイ】【イタイ】【イタイ】【イタイ】【イタイ】【イタイ】
「ッ・・・く・・・」
【ヤメテ】【シニタクナイ】【ヒトリダケイキノコッタ】【ユルサナイ】
「っ!!・・・これは・・・・」
防戦一方のアルファを見守る美琴の脳内にそんな言葉が過る。アルファの物では無い・・なら、この声は・・
『察しがいいなぁ天使食らい!その通り!ヒュドラに使われたデウスロイドやマキナロイドは・・元々アルファの部下だった奴らなのさ!!』
「っ・・・・」
ーー つまり、今アルファの目の前にいる相手はアルファ自身の罪の形。己のデータに救う罪悪感の証そのものと言える
「アルファ!!!」
必死に声をかけるが、その声はアルファに届いていない。拳を振るうことができずにただ、一方的に踏みつぶされ、殴られ、蹴り飛ばされるたびにその体はぼろぼろになっていく
「なんだよ・・けっきょく弱いままじゃねぇか」
「金返せぇ!!一撃くらい攻撃しろってんだ!!」
観客のヤジが飛ぶ中、アルファはよろよろと立ち上がり防御の構えを取るが、またヒュドラの重い一撃がその体を吹き飛ばした。
「ーーーー。」
嗚呼、終わる。
自分はこんなところで終わってしまうのだろう。今まで見殺しにしてきた部下たちの手によって。
仕方がない。なぜなら己は罪人なのだから
生きて帰るぞと部下たちに誓ったはずなのに誰一人守れず、生き残って帰ってきた死神。デウスロイドでありながら、兄弟機とは違い冷酷になれない失敗作。
もし今ここで壊されるなら、それも仕方ないのかもしれない。ならば罰も受けなければいけない。己の今までの罪が、己が破壊されることで終わるのならば
それで部下たちが満足するならば
ーーーー ほんとうに?
「・・・・・っ」
ー 耐えて・・・っ・・わたし、も、たえる、から ー
脳裏に過ったのは、あの地獄の夜に己を救い出した女の横顔。
失敗作と罵られて廃棄寸前だった自分を助けて名前を与えた物好きで、どこか壊れていた女。
・・ここで自分が終われば、美琴はどうなる?
「ーーーー アルファ!!!」
「!・・・・」
ゆっくり視線だけを声のするほうこうに向ければ、そこにはまっすぐ己を見つめる美琴の姿。
「迷うな!!!」
「っ?・・・・」
「アンタは私の獣!!獣は本能のままに動いてこそでしょ!!今更過去の亡霊が何なの!!」
美琴の瞳が静かにアルファを見つめる
「思い出しなさい!!〝アンタの本能が求めてるのは〟一体何!?」
「ーーーーー 俺、は・・」
そうだ。何を躊躇していたのか。
あの時、自分をこの女が拾ったあの夜からすべては決まっていたじゃないか
鎖など此処には無い。自分を閉じ込める檻も、ここには無い。
ーーー ならばもう、〝獣〟である自分がやることなんて決まっている。
「・・・・・がァアアアア゛!!!!」
【!?】
襲い来るヒュドラのハンマーのような腕を両腕で掴み、ありったけの力を込めて引きちぎる。先ほどまで防戦一方だったアルファの豹変に観客、そして眼前に相対するヒュドラ自身も動きを止めた
「・・・ッ・・はは・・・あぁ、そうだ。そうだった・・そうだったよなぁ、美琴」
額から流れる赤など気にせず、その深い緑の瞳は獰猛に輝き眼前の敵を睨みつける
「・・そうだ。俺を許すな」
一歩、また一歩と歩みを進めながら、両手に装備されたパイルバンカーガントレットの質力を最大まで引き上げる
「俺を許すな。憎め。呪え・・・いいや、違うな。」
ちらり、と自分の後ろに佇む美琴に視線を移しアルファは凶暴な笑みを浮かべる
「ーーーー 俺たちを許すんじゃねぇ。」
そう。復讐と怒りの道を歩む自分たちに、お前たちのような奴らの許しなんていらない。
獣である己は、本能のままにこの地獄の運命を共にすると誓ったこの女とともに進むとそう決めたのだから
「さぁ・・・反撃開始だ。」




