TEXT19:再会
ラプラスデビル症候群
先の世界大戦後に発見された新種の細胞異常、あるいは遺伝変異の病。
しかしそれは知的障害や自閉症などの発達障害等のある人間の中で、ある特定の分野で非常に卓越した才能を発揮する【サヴァン症候群】とは似て非なる物とされている
一つ、異常知性の覚醒。周囲の動きや音、呼吸、光の屈折すら発症者の興味に振れればソレを無意識に計算し未来予測に近い反応が可能
二つ、完全記憶と絶対音感。聞いた音を一度で記録し再現、解析が可能。そして決してそれを忘れない
今現在各国の医療従事者や生態化学の権威たちの研究データでわかっている事はこの二つのみである
そして、これを発症した人間の特徴として必ず見受けられるのが【体のある一部の色素が徐々に抜けていく】症状である
なぜそのような症状が見られるのかは不明、しかし発症者のその状態を見て次第に人々はこう口にするそうだ
「・・・〝大戦の呪い〟、或いは〝悪魔の陰に蝕まれる者〟」
美琴の言葉に要は特に傷ついた様子もなく笑顔で語りかける
「発症したのは・・私が小学校6年生の頃だったっけ・・ね?朔」
そう振り向き尋ねる要に朔は複雑そうな表情を浮かべて静かにつぶやいた
「私は平気だったんですけど・・心配したおじいちゃんが、私が中学生に上がってすぐに自宅で勉強するようにして・・・」
要の言葉に美琴は首をかしげる
「え?・・つまり要ちゃん、中学とか行ってないの?」
「私は別にいじめとか気にしないっておじいちゃんに言ったんですけど・・おじいちゃん〝過保護〟なところがあって・・・だからそぼ頃からは勉強とか社会に出て必要なマナーは【直お兄ちゃん】が教えてくれたんです」
「・・・霧島代表が・・・」
かつての東雲龍樹氏の秘書官であり現大和独立党代表を務める男、霧島。つまり要と霧島はやはり家族のような付き合いだと言う事は理解できた
「・・ツヴァイ、アルファ。」
美琴の言葉にツヴァイとアルファ、そして話を聞いていたオーナーが頷く
「・・確かに人間社会でよくあるイジメっつーのから要を守ろうとしたのは半分当たってるな」
「半分?」
ツヴァイの言葉に首を傾げる美琴に今度はアルファが説明を続ける
「・・ラプラスデビル症候群の要を〝悪用しようとする人間〟から隠そうとしたのが本当の意味だろうな」
アルファの言葉にたばこをふかしながらオーナーが語る
「・・通常の人間じゃありえない異常知性の覚醒、そして完全記憶と絶対音感・・そんな〝お宝〟をあの企業どもや金の亡者どもがほっとくわけがねぇ。」
「ーーーー。」
オーナーの言葉に一瞬、美琴の女が鋭くなる。その様子にまるで他人事のように要が話を続ける
「私はむしろ幸せなほうですよ。・・・中には〝お隣の大陸〟に拉致られて〝解剖実験〟された挙句〝バラバラにされたパーツ〟をもの好きな好色家に売られた人も居るみたいですし」
「要。」
「ごめんごめん。そんな怖い顔しないでよ朔」
険しい表情を浮かべる朔を要が諫めると美琴が声をかけた
「・・・誘拐とか、会わなかったの?」
「外に行くときは必ず誰かが一緒でしたし・・・まぁ、半ばおじいちゃん家に軟禁状態だったんで・・・今は朔がいるから平気ですけど」
要の言葉に美琴は安心したように笑みを浮かべる。その時、オーナーのスマホに着信が入った
「ーーー そうですか。無事霞が関から・・わかりました。ロックは解除しておりますので」
「どうかしたの?」
「あぁ、代表が到着なされたようでーーーー」
そう、オーナーが言い終える前にバタンとドアがけ破られると一人の若い男性が泣きながら駆け寄ってきた
「うわぁああああん!!!要ちゃんんんん~!!!!!」
こげ茶色のショートヘアに紺色のスーツ姿、しかしその胸元に光るのは紛れもなく議員バッチ。鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら要と朔に駆け寄ると男性は嗚咽まじりに語りだした
「よかったよぉおお!!もう!!ほんっと!!ほんっとに心配でぇえええ!!うわぁあああん!!すぐに迎えに行けなくてごめんねぇえええ!!!」
「直お兄ちゃん・・・鼻水と涙拭きなよ・・ほんと泣き虫なとこは変わらないね」
「家族みたいなモンなんだからゆるしてよぉお~!!!!」
泣きじゃくる男性に要と朔が苦笑いを浮かべる。その様子を見つめながら美琴がオーナーを見る
「・・オーナー、まさかだけどこの人が・・・」
「あぁ。このびーびー泣いてるのが、ヤタガラスを支援してくださってる御仁で・・・大和独立党の代表・・・霧島直真だ。」
オーナーの言葉に先ほどまで泣きじゃくっていた代表、霧島直真はスーツの袖で顔をぐしぐしと拭う美琴たちに向き合った
「・・天使喰らいさんですね。この度は依頼を・・・いいえ、私の家族同然の彼女たちを守っていただき、本当にありがとうございました。」
深々と美琴たちに頭を下げると、まっすぐな眼差しで霧島は続ける
「大和独立党の代表をしている霧島直真と申します。・・・この度は護衛の依頼を受けていただきありがとうございました」
「いえいえ、こちらも仕事のようなものでして・・・えっと、」
「今後、要ちゃんと朔は我々大和独立党が全力で身辺保護をいたします。・・もう、危険な目には合わせませんので」
霧島の言葉に美琴はまた安堵の笑みを浮かべるが、ふとツヴァイが霧島に尋ねる
「・・・〝種明かし〟は無しか?」
「は?」
「こ、こらこら!ツヴァイ!!」
諫める美琴の言葉を他所にツヴァイは霧島に尋ねる
「アンタらが保護しようとしている要と朔・・その裏に絡んでる〝対デウスロイド鎮静用特殊音源〟ってのはどんな代物なんだ?」
ツヴァイの言葉に霧島、そして朔の顔つきが少し険しくなる。その様子にオーナーが慌てて間に割って入ればツヴァイに声を荒げた
「この馬鹿!!あれほど依頼の裏事情までハッキングして探るんじゃねぇと!!」
「依頼は受けるさ、だが・・・・〝その内容次第で俺の女にデメリットしか残らない〟なんて結果を俺はの望まないんでね」
悪びれる様子もなく淡々と語るツヴァイに霧島は少し困ったような表情を浮かべる
「・・・・それは・・・「話す必要は無いよ。直真」」
言いかけた霧島の声を朔が静かに遮ると、そのまま要をゆっくり立たせた
「護衛の依頼は済んだんだ・・・〝余計な事〟まで話す必要は無い。」
「朔・・・・・」
「車に案内してくれるかな。」
朔の言葉に霧島はうなずき美琴達にもう一度深く頭を下げるとその場を後にした。それを見て要も立ち上がり霧島の後を追うがふと立ち止まり美琴に声をかける
「また会えたら、その時は敬語無しで話ししましょ。」
笑顔を浮かべる要に美琴は笑みを浮かべるがすぐに朔の手がソレを遮り要の背を優しく押して先へ行くように促す
「・・・・機密は守る、か?」
「・・・・・」
通り過ぎようとする朔にツヴァイが挑発的な眼差しを向けるが、朔は怯むこともせずツヴァイに言葉を返す
「・・・貴方が彼女を大切なように。私も要が大切なんだ」
そう言い返したまま、朔はそのまま要と共に店を後にしたのだった