日常
歌舞伎町。
深夜までネオンが輝き、「眠らない街」の異名を取る東京、いや日本最大屈指の歓楽街。
ここは空を仰いでも、星も月明かりも見当たらない。この街は幾多もの消えることのない灯りたちが煌々と私たちを照らすのだ。
「なのはちゃん、今日も可愛いね」
「わ!本当ですか!深山さんに褒められると嬉し〜な~!」
身体のラインにぴったりフィットしたミニのワンピース。
きらきらと細腕で揺れる華奢なブレスレット。
11センチのピンクのピンヒール。
深山さんの魔法みたいな手で巻かれた栗色のツヤツヤロングヘアー。
いつもと同じように真っ赤なリップで唇を撫で、鏡の中の私ににっこり笑いかけた。今日も完璧。
何が入るの??ってくらいちっちゃいクセにウンジュウマンエンとお高くとまるバックを肩にかけ、私は歩みを進めた。
「「いらっしゃいませ」」
女の子の鈴がなるような声にボーイ達の太くはっきりとした声で迎えられたお客様達が我が物顔でするりするりと入ってくる。
この店は星明かりではなく
私たちが、それはもう芳しく毎日を照らしているのだ。
「なのは今月指名数落ちてない?何かあった?」
嫌味ったらしくバババンと扉に貼られた前期の売上表とランクを綺麗な指でなぞり、
体調悪い?とこちらを覗き込んで心配してくれるのはユリさん。年齢不詳のセンパイ。
「たしかになのはさん今日とか元気なくないっすか?」
するりと会話に入ってきたのはいつも爽やかな笑顔で挨拶してくれる年下のボーイ、こうきくん。
「え~!そんなことないですよお〜
心配してくれてありがと、ユリさん、こーきくん!なぁんでみんな来てくれないのかな~!連絡したりないのかなあ」
優しい周囲の人たちに囲まれて、心配されて、私は一体何を悩むことがあるんだか。
この世界に入ったのは所謂家庭の事情ってやつでとくに深い意味はなかった。両親から縁切られ、上京して、学もお金もなにもない私が始められたのは夜の世界の仕事だったってだけで。
『明日やすみ?今日も会えないの?』
慣れ親しんだ緑のアイコンをタップしてトーク履歴の中からお目当ての名前を探し出す。打ち込んだメッセージを送信するかしないか、たっぷり2分悩んだところでおろしたてピカピカのネイルが目に入ってちょっと気持ちが上がった私は意を決して送信した。
魔法を使ってあの人に私は連絡する。“酔っている”という魔法という名の大義名分にどっかり乗った。
あの人の返信はいつも速い。同じ日本なのにあの人と私の間には時差がある。何なら最近は日付変更線まで見えて来た。
『今はなにしてんの?』
まるで会話が繋がっていない。いっつもこの誤魔化し方。
『お仕事!!』
むっとしてそれだけ打ち込んで画面を閉じた。
会えないの?の返事はイエスかノーかの2択でしょうよ。
「なのは明日休みでしょ?始発までクラブ行こ」
「わ!行く!いきます!」
こういう落ち込んだ気分のときをユリさんはよく気が付いてくれる。きゅん。すきぃ。