たちの悪い推薦
「じゃあ、加藤青衣で」
「は?」
聞き間違いかな?
聞き間違いだと思いたい。
でも、聞き間違いじゃないんだな。
だってクラスメイト全員が私の方を見ているから。
「え?あの子が?」
「あんな地味な子を?」
「できるよな?」
私は新井くんを睨みつけた。
新井くんは面白そうにその様子を見ている。
「できないのか?」
「ふざけてる?」
「大真面目だ」
「じゃあ、頭がおかしいんだね」
私がそう言うと、新井くんは豆鉄砲を喰らったような顔をした。
私が本気で怒っていることに気づいてないのだろうか。
「今日は毒舌だな」
「君がそこまで空気を読めない人だとは思わなかった」
「怒ってる?」
「とってもね」
私と新井くんの会話を聞いていたクラスメイトの誰かが口を開いた。
「でも、加藤さんのドレス姿見て見たいかも……」
「確かに。素顔とか見て見たい」
「声も可愛いしジュリエット似合いそう」
頭沸いてんじゃないかな?
ジュリエットが似合うわけないでしょうが。
新井くんがニヤニヤしながら私を見ている。
「みんなこう言ってるけど、お前はどうするんだ?」
「だからパス」
「じゃあ、俺ロミオやらなーい」
こいつ!
新井くんがロミオをやらないとなれば、女子全員の敵意が私に向く。
それだけは避けたい。
でも、あいつらが来るかもしれない文化祭でメインキャストをやりたくない。
でも……。
「分かった。そこまで言うならやるよ。でも、もしも私が失敗しても責めないでね?」
「おうよ」
新井くんが出ることにホッとした女子は、それなら仕方ないと納得したような感じだった。
「それじゃあ、残りの時間は自習でいいよ」
今まで学級委員に任せきりだった担任が言った。
クソォ……。
うららたちに愚痴ろ。
夕暮青衣『うらら〜、和真〜、優里〜!いる〜?』
七星うらら『いるよ〜』
夏風優里『いる』
うららと優里が返信して来た。
和真はいないらしい。
夕暮青衣『聞いてよ!クラスメイトに無茶振りされたの!』
七星うらら『あらまあ』
夏風優里『ご愁傷様』
夕暮青衣『他人事だと思ってぇ……』
夏風優里『だって他人事だもん。で、了承したのか?』
夕暮青衣『せざるを得なかった』
七星うらら『可哀想にぃ』
うららと優里がすごい雑な返信しかしてこない。
そりゃあどうもできないしね。
夕暮青衣『おい、夏風優里!』
夏風優里『んだよ』
夕暮青衣『同じ名前の優里に無茶振りされたから、優里に当たる!』
夏風優里『うわっ、すげー迷惑なんだけど。そもそも別人なんだから俺に当たるな』
うーん、だって他にサンドバッグになってくれる人いないもん。
まぁ、優里が可哀想だしやめておこう。
七星うらら『ほらほら青衣。優里がカワイソウダヨー』
夏風優里『思ってねぇな?お前』
七星うらら『バレちゃった?』
夏風優里『白々しいな』
この二人の相性もなかなかにいいな。
でもやっぱ、和真とうららの相性が最高すぎる。
盛岡和真『え?なになに?』
盛岡和真『あっ、それはそいつが悪いわ』
盛岡和真『俺ならそんな思いさせないのに』
盛岡和真『これから飲みに行かない?』
盛岡和真『大丈夫大丈夫。変なことしないから』
七星うらら『和真ストップ。それ以上はやめようか』
何が始まったんだろう。
……やっぱり二人は相性がいいな。
◇◆◇
「青衣!いい加減にしなさい!開けなさい!」
「華恋!落ち着くんだ!」
あーあ、また怒らせちゃった。
小テストで80点だったから。
でも、期待しすぎてるお母さんも悪いよね。
私は屋根の上でそんなことを考えていた。
「うおっ!ま〜たそんなとこにいる。寒いだろ?こっち来い」
新井くんがベランダで私を呼んだ。
確かに今日は寒い。
お邪魔させてもらおう。
私は新井くんの家の屋根に飛び移った。
「こんばんは……」
「学校ぶりだな」
「……」
私は学校でのことを思い出したから、この間片付けた新井くんの部屋のクローゼットを開けた。
新井くんは不思議そうな顔をしている。
私はあのノートを手に取って、適当なページを開いた。
「『あおいとあそぶのたのしい。あおいだいす――』」
「うわぁぁぁあああ!やめろ!」
「え〜、嫌だね」
私はノートを取り返そうとする新井くんを避けまくった。
「このっ!」
新井くんが私に本格的に襲いかかって来た。
やばっ、足がもつれた!
――ドサッ
こぉれは……。
いわゆる床ドンでは?
新井くんが私の上に乗っているような状態。
少女漫画の主人公はこのシーンにドキドキしてたかな。
「……お前、このシチュエーションでも無表情って……」
新井くんが呆れたように言った。
「優里!さっきからバタバタうるさーい!」
若い女性が勢いよくドアを開けてきた。
新井くんは顔を青くしてその人を見ている。
お母さん……にしては若いな。
お姉さんかな?
「……」
「……」
若い女性は優しく微笑んで、ドアをゆっくりと閉めた。
「お母さぁぁぁあああん!!優里が!女の子連れ込んでるぅぅうう!!」
「何ですってぇぇぇえ!?」
「ごめん加藤、ちょっ待ってて!」
新井くんは部屋を勢いよく飛び出して行った。
「麻奈!お前勝手なこと言ってんじゃねぇよ!」
賑やかな家だな。
うちとは正反対だ。
私は部屋から出て、階段からリビングの様子を見てみた。
「こらこら、麻奈じゃなくて、麻奈お姉ちゃんでしょ?」
「誰が呼ぶか馬鹿野郎」
「うわっ!実の姉に向かって馬鹿野郎だって?お母さん!このクソガキを合法的に殺す方法ないかな?」
「ない。はい、ナイフ」
「オッケー、このクソガキを殺すわ」
え?
あの人たち……。
もしかして……。
ていうか、それダメじゃない?
殺したら捕まっちゃうよ?
新井くんはどうするんだろう。
「はいはい、どうぞ」
なんと新井くんは「来いよ」とでも言うように両手を広げている。
マジか、その筋の人だったんだ。
止めたほうがいいのかな。
まぁ、いいか。
あの人しぶといし、ちょっとやそっとじゃ死なないでしょ。
「くらえぇぇぇぇええ!……グサッ」
――ズルッ、ガタンガタンガタン!
まさかのドッキリ用のナイフだったのね。
階段の上で覗き見してた私は滑って階段から落ちてしまった。
やってしまった……。
「加藤、お前っ!待ってろって言っただろ!」
「お母さん!この子だよ!」
「あらぁ、彼女かしら?」
「ちげーから!」
あれ?
メガネがない。
私は俯いたままメガネを探した。
どこにあるんだろう。
「メガネ探してるの?」
新井くんのお姉さんが俯く私に問いかけてきた。
「あれじゃない?」
お姉さんが指差した方にはメガネがある。
めっちゃ遠いけど。
私は立ち上がってメガネを取りに行った。
メガネをかけてから新井くんたちのいる方向を見た。
「ねぇ、あなた。もしかして、それ伊達じゃない?」
「……どうしてそう思うんですか?」
「だって、私が指差した方向が見えてたでしょ?なら、あなたの目は悪くないはず」
「……」
あーあ、今まで誰にも伊達だって気づかれたことなかったのに。
「え?お前、伊達メだったの?」
あーあ、一番めんどくさい人にバレちゃったよ。
「新井くんのご家族だからと侮ってたわ。新井くんは一回部屋に戻っててもらってもいい?この人たちにちょっと話があるの」
「えー、俺には言えない話?」
「そう。女の秘密を知りたい?下手したら起訴されるよ?」
「よし、俺は部屋に戻る!ごゆっくりお話しください!」
新井くんはすぐに出て行った。
私はおさげをほどいた。
長い時間三つ編みだった私の髪はうねっている。
私はメガネを外して新井くんのお母さんたちを見た。
「お久しぶりですね」
「「あっ!!あぁぁぁあああ!」」