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誰にも言えないこと

家から少し離れた公園の遊具の中で、膝を抱えて泣いていた。

どうしても納得できなかった。

納得したくなかった。

幼馴染と離れたくなかった。


「ゆっくん!」


青衣の声が聞こえて、僕は顔を上げた。

遊具の入口から、顔をひょっこり出していた。

額には汗が光っていて、走っていたことが分かった。


「見ぃつけた!」


青衣は微笑んでそう言った。


「帰ろう!」

「でも、帰ったら」

「会えなくなる……だよね?」

「……」


分かってるのに、なんで帰ろうなんて言うんだよ。

青衣は俺と離れても寂しくないのか。


「……引っ越したら、一生会えなくなるわけじゃないよ。きっといつか会える。そう信じよう。きっとまた……会えるから……!」


青衣は目に涙をためてそう言った。


* * *


「初恋だぁ」


私は新井くんにそう言った。


「なっ!ち、違っ!」


新井くんは顔を真っ赤にしてそう言った。

図星じゃん。


「その話聞いて思い出したんでけどさ、私にも幼馴染いたわ」

「へ〜、初恋?」


新井くんがからかうような顔をしながら、そう言ってきた。

お返しのつもりかな?


「んな訳。名前が思い出せない……。う〜ん」


い、なんとかくんだった気がする。

マジで思い出せない。


「まぁ、私の名字変わってるし幼馴染だった人と再開して、花崎って言われたら『え、加藤だけど』って言えるから便利だね」

「何で?」

「向こうが、私の名前を間違えたことにできるでしょ?」

「性格悪」


私の両親は離婚している。

私は母親に引き取られ、その母親は再婚した。


「てか、お前の前の名字は花崎なのか?」

「そうだよ」


私がそう答えると、新井くんは私の顔をじっと見つめ始めた。


「……お前の表情筋はいつになったら動くんだ?」

「……何?急に。」

「いや、加藤は青衣でも、青衣と違って表情が動かないなと」


ややこしいことを言い始めたなこの人。

まぁ、表情筋が死んでいるとよく言われる。

いつからかな。

私が()()()()()()()のは。


「おっと、もうそろそろ教室に戻らないとな」

「そうだね。先帰っていいよ」

「おう。あ、加藤。今日は帰れるか?」


今日か……。

なにか用事があったような……。

私が少し考えていると、スマホが震えた。


七星うらら『青衣〜!今日来てくれるんだよね〜?』

「あっ、病院」

「は?」

「クラスメイトの澤本さん分かる?」


新井くんは少し考えるような仕草をした。


「澤本愛奈?」

「そう。今日行くって約束してたから」

「ふーん」


私は澤本さんのメールに返信した。

新井くんは何かを考えている。

どうしたんだろう。


「……俺も行って良い?」


新井くんの口から出てきたのは、驚きの言葉だった。


「え、良いと思うけど……」

「じゃあ、授業終わったらここ集合な?」

「教室じゃないの?」

「バレたくないって言ったのお前だろ?」


一応配慮してくれているんだ。

見かけによらず律儀なことで。


「おい、何か失礼なことを考えてるだろ」

「早く戻るよ」

「おい!」

「あ〜〜〜!聞こえな〜い」


私は走って旧校舎から出た。


◇◆◇


私は、授業が終わって旧校舎に来た。


「遅かったな」

「用事があったの。行くよ」

「はいはい」


私たちは市民病院に向かった。


「そういえば、日本に戻ってきて青衣ちゃんに会えたの?」


私はそこが一番気になっていた。

あのノートも最後まで見れていないから、昨日からそれが気になっていた。


「一応ダメ元で会いには行った」

「で、どうだったの?あ、でも九年経ってるし流石にいなかった?」

「いや、あの子はいなかった。あの子の父親だけが住んでいた」

「え?」


青衣ちゃんはいなくて、父親だけが住んでいた?

離婚したってこと?


「待って、説明」

「あの子の両親は離婚したらしい。あの子の親権は母親の方に渡った。で、父親はあの子が自分の元に返ってくることを信じて家に住み続けてるそうだ。ざっとこんな感じだ」

「ほんとにざっくりだね」


私みたいな状態の子が他にいたんだ。

にしても、よくそんなに覚えていられるな。

私にも幼馴染がいた。

二人いたけど、二人共引っ越してしまった。

そういえば、新井くんとの距離がこの二日でだいぶ縮まったな。


「新井く――」

「あれぇ?青衣ちゃん?」

「ホントじゃぁん」

「久しぶりぃ、元気だったぁ?」


背後から私を呼ぶ声が聞こえた。

忘れるわけがない。

私は振り向いた。


――青衣ちゃんが私の給食に……!

――青衣ちゃん、今日遊べるよね?

――私たち、友達だよ!


「光莉……。水樹……。杏奈……」


彼女たちは、小学生の時のクラスメイトだ。

逃げたい。

足が震える。


「あれ?青衣の後ろの人、超イケメンじゃん」

「ホントだぁ」


私はその言葉を聞いてハッとした。

新井くんを早く逃さないと。

私は新井くんを見た。


「加藤の友達か?」


新井くんは能天気にそう言った。

私は新井くんの耳元に口を近づけた。


「新井くん、先に病院に行ってて。澤本さんの名前を出したら、病室に通してもらえるから。私もすぐに行くから」

「は?何で?」

「いいから」

「でも……」

「さっさと行って!」


私が大声を出したからか、新井くんの体がビクッとした。

ごめんね、急に大声だして。

でも、光莉と新井くんを接触させたくない。

新井くんは怪訝な顔をして、私に背を向けて歩き始めた。

光莉と取り巻きが「あっ」と言って、新井くんを追いかけようとした。


「行かせませんよ」


私は新井くんを光莉たちの間に割り込んだ。


「青衣、何のつもり?」

「……」


私は返事をしなかった。

彼女たちが怖い。

反抗するのが怖い。

でも、私の過去が人に知られるのはもっと怖い。


「青衣、そこをどいて」

「……嫌です」

「奴隷のあんたが、私たちに歯向かうつもり?」

「奴隷?まだそんなことを言ってるんですか?小学生気分も、そろそろ卒業してはいかがですか?あなたたちの言いなりだった花崎青衣はもういないんですよ?」


◇◆◇


私は、病院に向かった。

病院に入った瞬間、ロビーにいた人たちが私を見た。


「すみません、澤本愛奈さんのお見舞いに来ました」


受付の人に話しかけたら、その人は私を見て目を見開いた。


「ちょっとあなた!ボロボロじゃない!どうしたの!」

「……」


体中に痣や傷がある。

頭も怪我してしまって、血が出てる。

光莉たちを煽りすぎてしまったんだ。

あの後、殴られるし蹴られるし、すごく痛かった。

満足したら彼女たちは帰っていった。


「……処置をしてもいいかしら?」

「え、良いんですか?」

「病院ですから」


看護師さんは私を処置室に連れて行って、絆創膏や包帯を巻いてくれた。

そして、澤本さんがいる病室に連れて行ってくれた。

私が部屋を開けると、澤本さんと新井くんが中にいた。

二人は目を見開いて私を見た。


「お、おまたせ」


私がそう言うと、新井くんは弾かれたように私のところに来た。


「お前!その怪我は何だ!」

「車に轢かれた」

「嘘が雑すぎる!あいつらにやられたのか?」

「……」


そうだと言えば、新井くんは光莉たちになにかするかもしれない。

しかなかったとしても、どういう関係か聞かれたら困る。


「……関係、ないでしょ」


こう言うのが最善だと思った。

でも、逆に新井くんの反感を買ってしまったようだ。


「は?」

「だって、あの人達になにかされたのは私。新井くんは無関係でしょ?」

「青衣……」


澤本さんが私を心配そうに見ている。


「お前がそのつもりなら別にいいんだけどさ、人の善意は受け取っておけよ。……飲み物買ってくる」

新井くんは私の頭を優しく触って、病室から出ていった。

「……」

「青衣」


澤本さんが私を呼んで、手招きをした。

私はベッドの横の椅子に腰を掛けた。


「青衣、何があったの?」

「……。だから、車に」

「嘘だよね?」


澤本さんは食い気味で聞いてきた。


「どうでもいいでしょ。ほっといてよ」

「どうでもよくないよ。だって、今の青衣、すごく悲しそうな顔してるもん」

「……」


どうして二人は、私の無表情から感情を読み取れるんだろう。

今まで誰も気づかなかったのに……。


――辛い、苦しい……。痛い痛い。


「良ければ聞かせてくれないかな?」

「……まだ嫌かな……」

「……そう。また時が来たら教えてね」


そんな時が来るのか。

それは分からない。

でも、いつか話せるといいな。

そしたらこの苦しさも、少しは楽になるのかな?

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