悪夢
私たちは何気ない会話をしながら片付けをしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。
「終わったぁぁあ」
「おつかれ、青衣ちゃんのことは明日にでも聞くね」
「やめろ、言うな」
いつの間にか私の部屋からお母さんの怒号は聞こえなくなっていた。
「そろそろ帰るね」
「大丈夫か?」
「多分、お義父さんが諌めてくれてると思う。それじゃ」
私は立ち上がって、新井くんの部屋のベランダに出た。
外はすっかり暗くなっている。
私はベランダの柵に乗り、新井くんの家の屋根に登った。
少し助走をつけて、私は自分の家の屋根に飛び移った。
「お、おま!危なっ!」
「大丈夫だよ。死んでないのがその証拠」
私は屋根の上で親指を立てた。
「そういうのは笑ってやるもんだと思うぞ」
「無理に決まってるでしょ。それじゃ、またね」
「おう」
私は屋根からベランダに降りて、部屋に入った。
部屋の電気をつけてすぐに、部屋のドアがノックされた。
「青衣、いるかい?」
「お義父さん……?」
私は部屋の鍵を開けて、少しだけ部屋から顔を出した。
義父は私のテストの束を持っていた。
「廊下に散らかっていた。これはお前のか?」
「そうだよ」
「いい点数じゃないか。なぜ華恋は怒ってたんだ?」
「……」
華恋というのは私の母親の名前だ。
目の前にいるこの人は、母親の再婚相手だ。
血の繋がりは勿論ない。
「満足できなかったんじゃない?満点を取らない私にね」
義父は何も言わない。
「……出ていってくれない?これ以上話すことはない」
「青衣……」
私は部屋のドアを閉めた。
それからご飯を食べて、しばらくのんびりしていた。
気がついたら九時になっていた。
「……またか」
ドアに近づくと、案の定手紙が置いてあった。
私はドアにもたれかかって手紙を読んだ。
……私はそんなの求めてない。
私は手紙をクシャクシャにしてゴミ箱に入れた。
◇◆◇
「おね〜ちゃ〜ん!」
「結衣!走ると危ないよ!」
走ってくる結衣に私は注意した。
結衣というのは私の実妹だ。
走るのをやめなかった結衣は、案の定転んでしまった。
「結衣!ほら言ったじゃん。病み上がりだからって、本調子じゃないんだから」
「えへへ。転んじゃった」
「もう」
私は結衣を起こして、家に帰った。
「「ただいまぁ〜」」
「おかえりなさい」
「今日は遅かったな」
お母さんとお父さんが笑顔で出迎えてくれた。
「お父さん、お母さん!聞いてよ!さっき結衣がさ!」
「結衣?結衣って誰だ?」
「え……?お父さんたちの娘でしょ……?」
「何を言っているの、青衣。そんな子は家にはいないわよ」
「お母さん……?お父さん……?結衣……!」
私は後ろを向いて、結衣のいるところを見た。
そこに結衣はいなかった。
「ゆ……い……?」
私は焦りながら、結衣を探した。
家の中にいるだろう、きっとお母さんたちと手を組んで、私を驚かせようとしているんだろう。
そう思って、家中を駆け回った。
結衣の部屋の前に来て、私は目を見張った。
結衣の部屋があったその場所は、壁になっていたからだ。
まるで、結衣の存在が元々なかったかのように、家の中に結衣の物はなくなっていた。
「そんな……。どうして……」
お母さんたちが私の背後に来た。
「何を言ってるの?」
「この家に結衣なんて子はいない。一体どうしたんだ」
二人が口々にそう言う。
私は耳を押さえてうずくまった。
やめて、やめて、やめて。
結衣はいる。
存在してる。
お母さんたちと私をからかっているだけだ。
いつの間にか場所が変わった。
結衣が道路へ飛び出していく。
「結衣!駄目!行っちゃ駄目!結衣ぃぃぃぃぃいいい!!」
◇◆◇
「……!!」
私は目を覚ました。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
私は毛布を強く握っていた。
呼吸は乱れ、全然整わない。
私は片手を天井に向かって伸ばした。
「結衣……」
私はすぐに、また寝ようとした。
「……眠れない」
時計を見ると、まだ深夜二時。
私は部屋の電気をつけた。
――パサッ
クローゼットの方から何かが落ちる音がした。
なんか既視感あるな……。
私はクローゼットを開けた。
落ちていたのは、小学生の時の制服。
私が通っていた小学校は制服登校だった。
捨ててなかったんだ。
正直、小学校での思い出に良いものはない。
「……」
私は制服をクローゼットのハンガーにかけ直し、少し勉強をしてから眠った。
どうせ、私の過去を知っている人は今の学校にはいない。
大丈夫、怖くない。
◇◆◇
「後夜祭?」
「あぁ。今年は五年ぶりに、文化祭の後に後夜祭があるらしい」
「随分先の話をするね。いま夏だよ?」
「噂で聞いたから」
私は新井くんと旧校舎でお弁当を食べていた。
家が隣だからというのと、ファンクラブから逃げたいという利害が一致したため、一緒に旧校舎でお弁当を食べることにした。
お母さんはテストのことになると、すごくうざったい。
だけど、普段は私の世話もちゃんとしてくれる。
会話はしないけど。
「確かに去年の文化祭は後夜祭なかったね」
「俺のクラスは文化祭後、全員で花火をしたらしいけどな」
私は新井くんの顔をジトッとした目で見た。
「……何だよ」
「いや、新井くん絶対行ってないでしょ」
「まぁ……。誘いはあったけど……」
案の定というところだけど。
「あ、そういえば昨日見たノートのあの子……。青衣ちゃん?の話を聞かせてよ」
「え?あー。加藤と同じ名前だからややこしいな」
「確かに。まぁ、私の呼び名は加藤だから大丈夫やろ。とりま聞かせてよ」
「……なんでそんな興味津々なんだよ」
新井くんは眉間にシワを寄せて、私に向かって言った。
学校のアイドル的存在、新井伊吹くんの多分初恋の相手とか気になりすぎる。
「だって興味深いじゃん。じゃ、そろそろ本編へ」
「本編言うな」
* * *
――九年前
「ゆっく〜ん!」
庭を歩いていると、いきなり誰かが僕に思いっきり抱きついてきた。
勢いがすごかったから、僕も相手も地面に倒れ込んだ。
僕が下で、抱きついてきた子が上だ。
「いってて……。いきなり飛びついてきたら危ないよ、青衣」
「ごめんね〜」
僕に抱きついてきた子の名前は、青衣。
家が隣同士で、生まれたときから一緒にいる。
青衣は起き上がって、僕に手を伸ばした。
「今日も遊ぼうよ!ゆっくん!」
「しょうがないなぁ。行くよ、青衣!」
僕は青衣の手を引いて、近くの公園に行った。
「いっくん、今日は何をして遊ぶの?」
「かくれんぼ!」
「え〜、ゆっくん隠れるの上手だから嫌〜」
青衣は嫌そうな顔をしてそう言った。
結局、砂場で遊ぶことになった。
途中でもう一人の幼馴染がやって来て、三人で遊ぶことになった。
暗くなってきて、母さんが公園に迎えに来た。
「青衣ちゃん、冬樹くん、いつも優里と遊んでくれてありがとう。でも、明日で優里とはお別れなんだ。ごめんね」
「え?待って母さん。そんなの聞いてないよ」
「あら?言ってなかったかしら?」
「聞いてない……!本気?」
「お父さんのお仕事の関係でね。……気持ちはわかるけど、決まったことなの」
納得できなかった。
両親の勝手で、優里たちとお別れなんて嫌だ。
「父さんの仕事の都合なら、父さんだけで行けば良いじゃないか!」
「勝手なこと言わないで。そんなの無理よ。私もお父さんと離れたくないし、優里もそうでしょう?」
「僕は青衣たちと離れたくない!僕たちは離れ離れになるのに、母さんたちはずっと一緒?ずるいよ!」
そう言った瞬間、母さんの表情が険しくなった。
「いい加減にしなさい」
母さんはそう言って、僕の頬を叩いた。
視界が揺れた。
僕は泣いていた。
その場にいたくなくて、僕は走って逃げた。
「ゆっくん!」
青衣の声だけが、鮮明に聞こえた。