病気の少女
「あなた……ファンクラブに入らない?」
「……は?」
キラキラした期待の眼差しで、私を見てくるリーダー枠女子。
何で?
「あなたほど新井くんを理解しようとする人は初めてよ!入ってくれるわよね?」
「断固拒否させていただきます」
私は掴まれている手を振り払って、全力疾走で逃げた。
その後もしつこく絡まれた。
旧校舎に避難して、一時的な平穏を取り戻したと思ったが、新井くんの登場により平穏は消え去った。
まだファンクラブの人に、新井くんと私が旧校舎にいるのはバレてないと思うけど、そのうちバレるだろう。
私と新井くんが旧校舎にいたなんて噂が流れたら、とんでもないことになる。
走りすぎたせいで、息切れがすごい。
クッソ……。
全部新井くんのせいなのに、涼しい顔しやがって……。
「あの人たち……。何とかしてよ……」
「俺は何も関与してないから無理だな」
「はぁ?」
「ファンクラブは無断で結成されてるんだ。不可能だ」
その情報は初耳なんだけど。
いくら学生内の間で作ったファンクラブといえど、本人に許可はもらってると思ってた。
「なぁ、お前にとって人生ってなんだ?」
「いきなり何?」
「気になった」
「今聞くことじゃないでしょ。TPO考えようよ」
外から、ファンクラブの人たちの声が聞こえた。
新井くんは気づいてないらしい。
私の中でイタズラ心が芽生えた。
「新井くん、少し外の空気を吸わない?」
「何だよ」
「ほら、旧校舎って埃っぽいし」
「確かに」
思ったよりもチョロかった。
私たちは、旧校舎の出入り口に向かった。
ドアを開けて、私は外に出ようとしていた新井くんを膝で蹴り飛ばした。
そしてすぐにドアを閉めた。
「は?ちょっ!加藤?」
私はドアに鍵をかけて、ファンクラブ女子のいる方の窓を開けて、少しだけ声を変えて大声で叫んだ。
「あれ〜?旧校舎の裏口の方に新井くんがいる〜!」
「おい……。加藤……。お前まさか……!」
「こういうのには犠牲が必要なんだよ」
私はにっこり笑った。
ファンクラブ女子が走って旧校舎の裏口に回りこんで、新井くんを囲んだ。
「お前っ!ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
私は新井くんを見捨てて、旧校舎から出た。
ファンクラブ女子に見つかったら、また勧誘されちゃうからね。
君の最後は勇敢だったよ。
君のお陰で私は無事に帰れる。
◇◆◇
私は無事に教室に帰り、うららと個チャで話していた。
七星うらら『うわぁ〜。相手可愛そ〜』
夕暮青衣『相手が悪いじゃん?犠牲は必要だよ』
七星うらら『いいの〜?恨まれて刺されちゃうよ〜?』
夕暮青衣『その時はまた、ファンクラブ女子を呼ぶよ。相手のセコムは強いぞぉ』
さっきのことをうららに話していた。
ちなみに新井くんはまだ帰ってきていない。
放課が終わるギリギリになるだろうな。
「なぁなぁ、あの席って誰の席だっけ?」
「は?何いってんの?松井の席じゃないのか?」
「松井の席はあそこだろ」
「あ、そっか」
男子二人が教室の端にある席が誰のものかを話し合っているのを耳にした。
「あ、深見先生。ここの席って、誰の席なんですか?」
近くを通った担任に、男子生徒が聞いた。
「澤本愛奈さんの席ですね」
「澤本?そんなやついたっけ?」
「何で学校来ないんですか?」
「病気です」
「……」
男子生徒は黙ってどこかへ行った。
正直こういうのはズカズカ聞くべきではないと思うんだけど。
スマホを見ると、返信がなくなった私を心配したうららがメッセージを送ってきていた。
七星うらら『青衣〜?どうしたの〜?』
夕暮青衣『ごめん、クラスメイトの話を盗み聞きしてた』
七星うらら『悪趣味〜』
授業開始の三分前のチャイムが鳴った。
夕暮青衣『授業始まるから消えるね』
七星うらら『りょす』
なんだろう、この返事。
スマホを閉じて、廊下の方を見た。
さっきから少しずつだけど、バタバタという音が近づいてきている。
閉まってるドアを、大きな音を立てながら開けたのは新井くんだった。
「おいこら加藤!」
「親の仇みたいな顔してどうしたの?」
「お前のせいだろ!」
大股でこっちに来る新井くんはご立腹だ。
私も困ってたわけだし、犠牲は必要だ。
そもそも、私が困っていた原因は新井くんにあるからお互い様だね。
「反省文百枚書いてこいや」
「面倒くさい」
私は食い気味に答えた。
新井くんは、怒っているからか表情を引きつらせている。
「千枚じゃないだけマシだろ」
「無実な人をいたぶって楽しむ人でなしとは思わなかった」
「なぁにが無実だよ」
授業開始のチャイムがなったから、新井くんは渋々席に戻った。
この時間は国語だったのだが、担当の先生が休みのため自習になった。
自習イコール寝るという概念の人が多いから、うつ伏せになって寝始めた人が何人かいる。
起きている人は、友達と喋ったりしている。
「ねぇねぇ、加藤さんって新井くんと付き合ってるの?」
前の席の平岡さんが聞いてきた。
「付き合ってないよ」
「え!ウッソだぁ〜!あんなに親しげなのに?」
「うん」
平岡さんは陽キャの分類だから、声が大きい。
頼む、勉強をさせてくれ。
「加藤」
「やばっ」
平岡さんは急いで前を向いた。
私の隣には体育教師がいた。
怒ると怖い先生だから、前を向いたんだろう。
「ちょっといいか?」
私は廊下に連れ出された。
「お前の家って市民病院の近くだよな」
「……?そうですけど」
「澤本にこれを届けてくれないか?」
先生は、茶色の大きな封筒を私に渡してきた。
澤本さん……。
さっき丁度、その話題を聞いたところだったな。
意外と思いその封筒を澤本さんに届けてほしいと。
「分かりました」
私は席に戻って、勉強を再開した。
ポケットの中でスマホが震えた。
どうせうららだろうなぁ。
取り出してみると、案の定うららだった。
七星うらら『暇!』
一言だけが、個チャで送られてきた。
最近は、よくうららと話していた。
グループでも話していたけど、最近は個チャの方が多い。
夕暮青衣『病人は大人しく休んどきなよ』
七星うらら『そうは言っても、意外と病養って暇なんだよ?』
夕暮青衣『インフル?』
七星うらら『ううん。全く違う』
しばらく返信がなくなった。
どうしたんだろう。
七星うらら『ちょっと重めの病気』
それを見た瞬間、私は息を呑んだ。
七星うらら『小さい頃からずっと患っててね。小学生の時は、ずっと病院に閉じ込められてた。中学生になって、ほんのちょっと病状がよくなっていってさ。調子に乗ってたらこのザマよ。念願の外は、一年しか楽しめなかった』
何も返すことがなかった。
うららが重い病気にかかっているなんて、思ってもいなかったから。
夕暮青衣『出会って間もない人にそんな事を話していいの?』
七星うらら『和真とか優里には言いづらいっていうか。青衣が適任だったというか……』
何が言いたいんだろう。
七星うらら『ノリ?』
夕暮青衣『私に聞かれても』
七星うらら『そうだよね〜。でもね、今日いいことがあるの!』
文章からも、楽しみにしていることが伝わってくる。
病室でいいことって何だろう。
夕暮青衣『何があるの?』
七星うらら『クラスの子がお見舞いに来てくれるの!電話で先生が教えてくれた』
夕暮青衣『良かったね』
◇◆◇
私は学校が終わったあと、市民病院に向かった。
病院の受付で、澤本愛奈の名前と学校の名前を出したら、一撃で部屋まで案内してくれた。
「去年は学校にいけてたんですけどね……。毎週一回ある検査の時、すごく楽しそうに学校の話をしてくれていたから……」
部屋まで行き、私は深呼吸をしてドアをノックした。
「どうぞ〜」
中から可愛らしい声の女の子が許可をくれた。
病室のドアを開けて、中に入ると、首のあたりまである髪の先を触りながら、嬉しそうな顔をしている女の子がいた。
手にはスマホを持っている。
私はベッドに近づいた。
「はじめまして……だよね?」
「そうだよ!」
「同じクラスの加藤青衣って言います」
「澤本愛奈だよ!今日は来てくれてありがとう!」
澤本さんは私の両手を掴んで、上下に降った。
「あ、ちょっと待ってね!友達に報告しないと!」
澤本さんがスマホで何かを打って送信した瞬間、私のスマホが静かに震えた。
「え?」
嘘だ……。
こんなタイミングよく……。
一体誰からメールが来たの……?