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強がりな君へ

「嘘つかないでくれ。死ぬのが怖くないわけないだろ?

「……っ」


和樹が言うと、澤本さんは瞳を揺らした。

一度目を閉じてから、開いた澤本さんの顔は切なそうだった。


「死にたくない……」


ポツリと呟いた。

それを私も和樹も聞き逃すことはなかった。


「ほらな。死ぬ覚悟ができてても、死ぬことが怖くないわけがないんだ。死ぬのが怖くない人は、それだけ嫌な目に遭った人だけだ。もちろん、うららが嫌な目に遭ったわけじゃないと言いたいわけじゃないんだ。ただ、死ぬのが怖いってことは、心が壊れたわけじゃないってことだ」


なるほど、分かりやすい説明と励ましだ。

死ぬのが怖くない人は心が壊れた上に、嫌な目に遭った人か……。

うーん、どうも納得できないところがあるんだよなぁ……。


「私ね、先生にも言われたんだ……。手術をすれば死ぬかもしれないって。手術をしなければ、少なくともあと5年は生きれるって」


澤本さんはあと5年の命を低確率の方法で引き延ばすか、あと5年生きて終わるかの選択を強いられた。

それはとても残酷で、考える時間もたくさん必要だっただろう。

5年で死ぬ……か。

分かった。

澤本さんに共感しやすかった理由が。


――私ね、あと1年も生きれないんだって。


引っ越しても通い続けた紬お姉さんの病院。

お姉さんは1年と言っていたのに、1年と持たずに半年で死んでしまった。

だからかな。

澤本さんと紬お姉さんを重ねてたんだ。

紬お姉さんも手術をすれば生きれたかもしれない。

でも、紬お姉さんはそれを選ばなかった。

私は一歩前に出た。


「澤本さん。昔ね、同じ選択に迫られた人がいたんだ」

「……え?」

「その人も手術をすれば平均寿命まで生きれたかもしれなかった。でも、その人は恐怖に負けて余命よりも早く死んでしまった」

「……」

「その選択ができる人は強い人だと私は思うんだ。誰にでもできる決断じゃない。その決断をできた澤本さんはすごいよ。胸を張っていいんだ。胸を張って、決断したけど怖いって言っていいんだよ」


澤本さんは目を見開いて私を見ていた。

澤本さんの瞳から涙が出てきた。


「そっかぁ……。胸張っていいんだ……」


開き直れた澤本さんを見て心から微笑む私を、和樹が穏やかな顔で眺めていた。

また借りができちゃったね。

私を笑わせてくれてありがとう。


「なぁ、うらら」

「愛奈でいいよ。青衣もね」


そう言えば澤本って呼んでばっかだったな。


「じゃあ、愛菜。俺さ、お前が手術成功したら絶対伝えたいことがあるんだ。絶対生きて、元気になって、俺の話を聞いてくれよ」


愛奈は少し首を傾げて、笑った。


「分かった」


◇◆◇


その後、しばらく話してから、看護師さんが愛奈を手術室に連れて行くために来た。

心配そうにしていたけど、愛奈が力強く頷いたから、覚悟が伝わったのだろう。

愛奈は運ばれて行く時、私たちを見て笑った。

そして笑顔で「ありがとう」と言った。

どうなるかは分からないけど、和樹の言いたいことが伝えられるといいね。

私たちは近くのカフェに入った。


「なぁ、青衣。さっき言ってた余命よりも早く死んだ人って……」

「紬お姉さん。あの人も愛奈に似た様な病気で、手術の成功率も低かった。紬お姉さんは手術で今死ぬくらいなら、決められた寿命まで好き放題生きて、笑って死んでやるって言って、予告されていた半分の時間しか生きれなかったんだ」


――何で、手術を受けなかったんですか?

――ん〜?だってさ、手術したら1年じゃなくて、すぐ死んじゃうかもでしょ?そんなの嫌じゃん。すぐ死ぬくらいなら余命いっぱいまで生きて、満足そうに笑って死んでやるんだ〜。家族もびっくりするくらい満面の笑みでね。


そうやって笑った紬お姉さんは 本当に予定より早く死んでしまった。


「……親戚だったの?」

「ううん。全くの他人。何なら、私たちに会うまで病院や家族の人意外とあんまり会ってなかったみたい」

「え?じゃあ、どうやって知り合ったの?」

「公園で新井くんと、もう一人の幼馴染と花見をしてる時に、近くで花を見てたの。病院の服を着てね。それで、私がぶつかっちゃって、少し会話したら倒れちゃったんだ」

「えぇ!?」


まぁ、そんな反応になるよね。

病院の服を着た人が外にいることがおかしいもん。


「病院を抜け出してたんだって。それで、貧血で倒れちゃったみたい」

「お、おちゃめ……?」

「さぁ、でも、優しくていつも笑顔だった」

「そっか……。会ってみたかったな」

「そうだね。会わせてあげたい」


それが叶ったらどれだけ幸せだろう。

私も紬お姉さんに会いたい。

ううん、もう十分か。

お姉さんも過去にはすがりたくないだろうし。


「夢の中に出てきてるんだ」

「……?」


和樹は不思議そうな顔をした。


「紬お姉さん、幸せそうに私の夢で笑ってた。多分、楓夏菜さんと野々原琴葉先生と一緒に」

「それって……」

「元気にしてるのかな」


私がそう言うと、和樹は笑った。


「きっと元気にしてるよ」


――ブーッ


スマホが震えた。

誰だろうこんなときに。

私はスマホを見た。


「あ、優里からだ」

「え?優里から?珍しいな。あいつ自分から個人チャットになんか送ることないのに」

「そうなの?私、これ二通目だけど……」

「で、なんて?」


和樹が私のスマホを覗き込んだ。

私は通知をタップしてアプリに飛んだ。


夏風優里『死にたいって思ったことある?』


また訳の分からないことを……。


「これ、俺にも送られたことある」

「みんなに聞いてるの?」

「さぁ、うららはどうか知らないけど」


本当に変なやつだと思う。

ていうか、なんて返信したらいいのか分からないからちょっと迷惑。

私はスマホを閉じた。


「いいのか?」

「面倒くさいもん」

「さて、病院に戻るかね」


私は荷物を持って立ち上がった。

和樹は少し不安そうだった。

私はそんな和樹に言った。


「きっと大丈夫だよ」


◇◆◇


私たちは病院に戻る前に花を買った。

少しでも病室が華やかになればいいなと思って。

でも……。


――パサッ


花束を持ってくれていた和樹は、花束を落とした。

病院について聞かされたのは最悪な知らせだった。

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