会わせに来た理由
和樹は番外編を本棚から出して開こうとした。
そしてあることに気がついたのだろう。
「これ……。挿絵がない……」
そう、「キミセカ」の番外編は出ているけど、挿絵はない。
これは作者の意向らしい。
楓夏菜さんが挿絵を担当しないなら挿絵はなくていいと。
それだけ信頼し合っていたのだろう。
和樹は最終巻とその前の巻を取り出して中身をパラパラと見た。
「俺、ずっと不思議だったんだ。どうしてあんなにも有名な物語を書いた作家……。野々原琴葉の作品は『君が世界を救うなら』しかないのか。こう言うことだったんだな」
和樹は妙に納得したような顔をして言った。
野々原琴葉先生の作品は『キミセカ』しかない。
でも、野々原琴葉先生について何も知らない人でも、番外編を見ればどういうことか分かるだろう。
和樹がページをめくっていくと、本から手紙のようなものが出てきた。
「なんだこれ」
新井くんが手紙を拾って開いた。
「……これ……」
「『キミセカ』はあるお姉さんにもらった本なんだ。新井くんは覚えてるよね?」
私にとっては思い出の本で、お姉さんにとっては宝物の本だった。
新井くんは頷いた。
「紬お姉さんは『キミセカ』を私に持っててほしいって遺言を残して先に行ってしまった。紬お姉さんのお母さんはそれを聞いて私に『キミセカ』を持ってきたの」
「……そっか。紬お姉さんはもういないのか……」
笑顔で私たちを病室に招き入れてくれたお姉さん。
――いらっしゃい、青衣ちゃん!優里くん!冬樹くん!
「……」
暗い話になっちゃったな。
話を変えるか。
――コンコンコン
ドアがノックされて、私も新井くんも和樹もドアの方を見た。
お義姉さんか。
私はドアの方に行った。
「何のようですか?」
「少し心配になってね。助けを求めなかった上に、生まれてこなきゃよかっただなんて、正気じゃないと思った」
「誰があなたに助けを求めるものか。今まで助けようともしなかったくせに」
「いつか助けるよ。あなたのすべてをね。もうすぐ、あなたは救われるよ。そして、救う」
「何を……」
「どうなるか楽しみね」
足音が離れていった。
何を言っているの?
救われる?
救う?
意味がわからない。
あの人は時々変なことを言う。
「もう、寝ようか」
私は振り向いて二人に言った。
これ以上、踏み込まれる前に終わらせないと。
二人は心配そうに私を見ていた。
◇◆◇
――次の日
「青衣?どこに行くんだよ?」
「着けば分かるよ。ほらもうすぐ着くよ」
私は和樹を連れて病院に向かった。
和樹は病院を見て「まさか……」と呟いた。
私は驚く和樹を連れて病院の中に入って、澤本さんの病室に行った。
――コンコンコン
「どうぞ〜」
返事をもらった私はドアを開けて、和樹と中に入った。
澤本さんは私を見て笑った。
「来てくれたんだ」
「調子はどう?」
「大丈夫。……ん?青衣、その人誰?」
澤本さんが和樹を指さして言った。
和樹の瞳が揺れた。
そりゃそうだよね。
驚きを隠しきれてない和樹の代わりに、私は和樹の自己紹介をすることにした。
「この人は西川和樹。私の友達」
「へぇ、私は澤本愛奈!よろしくね!」
笑顔で言った澤本さんの瞳には、寂しさが見えるのは私だけかな。
「……」
「え?和樹くん?どうしたの?」
「……っ!」
和樹は澤本さんの側に近づいて、肩を掴んだ。
「痛っ!」
「和樹!落ち着いて!」
和樹に私の声は聞こえてないみたい。
それだけ病気のことを黙ってた澤本さんに怒ってるのだろうか。
「何で言ってくれなかったんだよ!」
「な、何の話?」
「青衣!お前もだぞ」
「……」
和樹、怒ってる。
私は右腕に左手を添えて目を逸らした。
澤本さんは戸惑ったように私に聞いた。
「青衣、何?この人何なの?」
「澤本さん……。うららも知ってる人だよ」
私が言うと、澤本さんはハッとしたような顔をした。
「和真……?」
「会いたかった……。会ってみたかった……。うらら……」
「和真ぁ……」
二人の目には涙が浮かんでいた。
本当にロミオとジュリエットみたいな話だ。
◇◆◇
「まさかいきなり肩を掴まれるなんてね」
「すまない。つい。それより、何で言ってくれなかったんだよ」
「心配かけたくなかったんだよ。ネッ友とはいえ友達だし……」
「じゃあ、青衣は?」
「それは不可抗力だよ。クラスメイトだったんだもん」
澤本さんは口を尖らせて言った。
確かに、クラスメイトだったけど、澤本さんは私とクラスメイトだって知る前に話してくれてたよね?
あれはどうなるんだ?
黙っておこう。
普段温厚な人は怒ると怖いって言うし。
「青衣も俺に言ってくれれば良かったのに」
「元々和樹とは会うつもりなかったし、澤本さんに仮を作る気もなかったんだよ」
「どうして急に仮を作る気に?」
澤本さんも和樹も不思議そうに言った。
仮……ね。
仮ではないだろう。
「私は借りを返しただけだよ」
「私なんかしたっけ?」
「……したよ」
「覚えがないや」
澤本さんは笑って言った。
ううん、私は確かに澤本さんに借りを作ったよ。
だって、あなたの存在がどれだけ私の心を軽くしたか。
「ところで青衣。昨日俺を慌てて呼び寄せたんだよ。よほど何かあったんだろ?」
「あっ」
やっべ、忘れてた。
昨日新井くんが部屋に侵入してきたから説明するの忘れてたよ。
私は澤本さんを見た。
澤本さんは少し頷いた。
「澤本さんね、今日手術するの」
「……は?」
「成功率が低いから、どうしても和樹に会いたそうだったから東京に呼んだんだ」
私が言うと、和樹は信じられないといった表情をした。
澤本さんは俯いてから、和樹に笑いかけた。
「死ぬ前に、和樹に会いたかったんだ」
「な、何でそんなに普通そうなんだよ……?」
「覚悟ができてるからだよ。ほら、死期って割と自分でも分かる方なんだよ?知ってた?」
右手で頭を掻きながら言った澤本さんは、笑っていた。
それには私も和樹も絶句したし、許せなかった。
「誤魔化すな」
和樹は冷たい声色で言った。
あーあ、怒らせちゃった。
和樹は澤本さんの右手を取った。
「死ぬ覚悟ができてる?死期が分かる?どうでもいいんだよ、そんなこと」
「か、和樹?」
「それはお前の本心じゃねぇだろ。お前の本心は何だ?言ってみろよ」
「腹くくってるから、失敗しなきゃいいな〜。みたいな?」
澤本さんがそう言うと、和樹は床に膝をついた。
そして、澤本さんの手を自分の額に当てた。
「嘘つかないでくれ。死ぬのが怖くないわけないだろ?
「……っ」