迷惑なこと
「結衣は……。私の前でトラックに轢かれた……。そのまま結衣はいまだに意識が戻らない。……私があの日、暗くなる前に帰れば、新井くんの前で素直に泣けていれば……」
後悔があった。
懺悔があった。
「その……あとは……?」
「結衣が目覚めなくなってから、お父さんとお母さんはよく喧嘩をするようになった。仲がよかったのに。半年後、お父さんたちは離婚した。結衣の親権はお父さんに渡り、私の親権はお母さんに渡った。私は両親が離婚した段階でアイドルを引退した。その後すぐにお母さんは再婚した」
――あんたのせいで……!あんたのせいで家族が壊れたんだ!!
――ごめん……なさい……。
澤本さんは車椅子からゆっくりと立ち上がって、俯く私をそっと抱きしめた。
その暖かさに、我慢してた涙が溢れ出てきた。
――青衣、失敗することは悪いことじゃない。胸を張っていいんだ。何でもかんでも自分のせいにするな。
辛いことがあったらお父さんに言いなさい。
いつかお父さんに言われた言葉。
「会いたいなぁ……。お父さんに……」
「……」
澤本さんは何も言わない。
ただ優しく私を抱きしめるだけ。
それがどれだけ私の心を癒してくれただろう。
「落ち着いた?」
「うん」
「あの……さ。今の青衣にこんなこと言っちゃ駄目かもだけど、私……」
歯切れ悪く澤本さんが言った。
なんだろう。
「私ね……」
どうしてだろう、聞きたくない。
澤本さんの顔を見たら誰でもそう思うだろう。
さっきまでの私と立場が逆になったかのように、澤本さんは目に涙をためていた。
澤本さんはその目を閉じて、口角を上げた。
溜まっていた涙が流れた。
涙が顔から離れた瞬間、澤本さんは言った。
「明後日、手術するんだ……」
地面に落ちた涙は、木製の床に染み込んで行った。
◇◆◇
――翌日
澤本さんの言葉が、一日経っても頭を離れない。
昨日、澤本さんの病気について調べたが、手術をしてもしなくても生存確率がとても低いということしか分からなかった。
どうして早く言ってくれなかったのか、どうして澤本さんは無理矢理笑ったのか。
そればかり考えてしまう。
「……」
あのあと、ボソッと澤本さんは言った。
――和真に会いたい。
授業なんて頭に入ってこない。
会わせてあげたい。
こんなことしてちゃ駄目だ。
私は立ち上がって机の横のカバンを持った。
そして、駆け出した。
「おい!加藤!!どこ行く!」
先生は廊下に出た私の腕を強く掴んだ。
私の本気の顔を見て少し怯んだ。
「授業中だぞ!何のつもりだ!」
「離してください!!」
私たちが騒いだから他のクラスの人が窓に人が集まってきた。
どれだけ振りほどこうとしても、やはり数学担当は力が強いから振りほどけない。
「私は……!もう後悔したくないだけなんです!」
「何を言ってるんだ!」
「梓の時みたいに、何もできずに終わるのは嫌なんです!」
私は数学担当の股間を思いっきり蹴りつけた。
手が少し緩んだ隙に私は駆け出した。
急いで駅に駆け込んで、ちょうど来ていた電車に乗りこんだ。
私は雑談アプリを開いて、和真とのトーク画面を開いた。
優里じゃあるまいし通知をオンにしてる確証もない。
でも、やれることはやろう。
夕暮青衣『和真、返事して』
夕暮青衣『お願い』
夕暮青衣『今すぐに返事して』
迷惑だって分かってる。
でも、可能性があるなら和真と会わせてあげたい。
盛岡和真『何何!?どうしたのよ、あおちゃん!』
返信がすぐに来た。
いつものノリだけど、それに付き合う時間はない。
夕暮青衣『リアルで会いたいの』
盛岡和真『いきなりどうしたの?』
夕暮青衣『説明は後でするから。とりあえず学校が終わる時間と最寄り駅を教えて』
盛岡和真『会うのって絶対条件?』
夕暮青衣『拒否権はない』
盛岡和真『いいよ。今日は四限までだし』
良かった。
会ってくれるみたい。
後でちゃんと謝ろう。
◇◆◇
私は千葉にちゃんとたどり着き、和真の学校の最寄り駅のカフェに入った。
和真はもうすぐ来るだろう。
――カランカラン
制服を着た人が入ってきた。
今は学校にいる人が多いから、あれが和真だろう。
「和真」
「青衣か」
和真はすぐに私の元へ来た。
私の目の前の椅子に座って、私を見つめてる。
「何かあったのか?」
「七星うららに会ってほしいの」
「うららに?」
和真は眉をひそめた。
「どうしてうららが出てくるんだよ。青衣は俺に会いに来たんだろ?」
「そうだよ。でも、それはうららに会わせるためだよ」
「リアルで関わってたのか?」
「クラスメイトだったんだよ。お願い、うららと会って」
「そのお願いをするために、わざわざ東京から千葉まで?」
私は頷いた。
高校を退学させられるかもしれないような揉め事を起こしてまで来たんだ。
頷いてもらえないと困る。
和真は少し考えるような仕草をしてから頷いた。
「分かった。うららに会う。いつ行けばいい?」
「今日中に帰らないと間に合わない」
「間に合わない?」
「…………詳しいことはうららに直接聞いて」
和真は何かあるのだと察してそれ以上は何も言わなかった。
◇◆◇
明日は土曜日だし、月曜日は祝日で休みだから、和真は二泊分の荷物を持って私と一緒に新幹線に乗って私の家に来てくれた。
家に帰った時にはもうすでに日は暮れていた。
「へぇ、青衣って加藤って名字なんだ」
「ありきたりでしょ?和真」
「何?」
「来てくれてありがとう。……それとこれから起こることはすべていつものことだから、何も気にしないでね」
「え?ちょっと青衣……」
私は家の玄関を開けた。
その瞬間、リビングからドタドタと足音が聞こえて、お母さんが出てきた。
そのまま私の方向に一直線に向かってきて私の頬を引っ叩いた。
「青衣!!」