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お風呂場の音楽隊

作者: 吉崎ネム

 突然だが、君はお風呂場で鼻歌を奏でるだろうか? 


 自宅でもいい。銭湯でもいい。友達の家でもいい。とにかく入浴中に好きな曲や頭に浮かんだメロディーをふんふんするなら、私の話を聞いて欲しい。これからする話は全て真実だ。いいか、落ち着いて聞いてくれ。


 君が風呂場でフンフンしてる時、家の外では音楽隊が、君の鼻歌に合わせて楽器を演奏している。


 待ってくれ! 馬鹿馬鹿しいと思う気持ちも分かる。けど、もっとちゃんと話を聞いてくれ! さっきもいったがこれは真実だ。信じようが信じまいが世界はこの事実を乗せて回転している。


 音楽隊の名は『鼻歌楽団』バイオリン、キーボード、ドラム、サックス、ギター、ベースで構成されている。正確言うと、この6人と『君』を入れた7人がメンバーになるのだろうがね。


 彼らは普段はバラバラに行動している。趣味も居住地も職場も、なんなら言語もバラバラだ。連絡先すら交換していない。けど、世界のどこかから熱狂的な鼻歌が奏でられる時、運命というブラックホールに吸い込まれるみたいに彼らは一か所に集まる。君が呼び寄せたと言っても過言ではない。


『そんなに大きな音量で鼻歌を歌わないよ』と君は思うだろう。音量の問題じゃないんだ。君の言う通り音による空気の振動は短距離で止む。が、魂を震わせる『熱』は何キロ先でも届くのさ。彼らはその『魂の振動源』を目指し一目散に走ってくる。


 君の家の前にメンバーが揃う。顔を見渡し、うなずき、何も言わずに楽器を取り出す。言葉は不要なのさ。各々準備が整うと、目くばせをし、演奏が始まる。


 繊細なバイオリンが響く。家の前はコンサートホールになる。ドラムとベースが闇を刻み、キーボードが彩りを添える。荒々しいギターが乱暴に音を紡ぎ、最後のスパイスが加わる。君の鼻歌だ。


ふん、ふんふん、ふん、ふんふん、ふん、ふんふんふん。

ふん、ふんふん、ふん、ふんふん、ふん、ふんふんふん。

ふん、ふんふん、ふん、ふんふん、ふん、ふんふんふん。

ふふふん、ふふ、ふん、ふん、ふ~~。


 自由な音色だ。風呂場から換気扇を通じて楽しさが伝わってくる。そう、お金のためではない。君は楽しんでいる。楽譜に縛られ凝り固まったプロにはできない見事な演奏だ。外にいる音楽隊も、目を細め満足そうに聞いている。


 鼻音を外す。『シ・ド・レ』を『シ・レ・ミ』と歌ってしまう。けどここには君を責める者なんていない。間違いも、失敗も、楽しさにはかなわないのだ。


演奏会は、止まらない。


 君は好きなメロディーを何度も繰り返す。サビを奏で、サビを奏で、またサビを奏でる。二番のAメロには行かない。そんなわがままな君を音楽隊は笑って許す。『またか? 今度はどうなる?』と微笑む。


 君はアレンジを加える。転調し、勝手にリズムを遅くする。ジャンルだって不問だ。演歌のように、讃美歌のように。音楽隊もそれに合わせる。暴れ馬を乗りこなすように華麗に君についていく。


 鼻歌を聞きながら音楽隊はリズムに乗る君を想像する。上体や首を左右に揺らしているだろうか? 子供のように水面ををぱちゃぱちゃ手で叩いているかもしれない。音楽が人を幸せにしていることを知り、鼻歌楽団も嬉しくなる。


 長く続いたラストのサビが終わり鼻歌は終盤に差し掛かる。音楽隊は顔を見合わせる。口は閉じたままだ。何も言わない。けど伝わってくる。『また、今度』と。あるものは名残惜しそうに眼を閉じ、あるもの哀愁のある笑顔を浮かべた。


 鼻歌が止む。演奏が終わる。先程まで静かだった分、夜の静寂が大きく響く。


 今日はもう終わりだ。楽団はケースに楽器をしまい。立ち上がる。その時──





ふん、ふんふん、ふん、ふんふん、ふん、ふんふんふん。

ふん、ふんふん、ふん、ふんふん、ふん、ふんふんふん。

ふん、ふんふん、ふん、ふんふん、ふん、ふんふんふん。

ふふふん、ふふ、ふん、ふん、ふ~~。




『やれやれ』


 幸せに満ちた音色が空に吸い込まれていった。





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